1996年、スコットランドのグラスゴーを拠点とするインディーポップバンド、Belle & Sebastian(通称「ベルセバ」)がリリースしたセカンドアルバム『If You’re Feeling Sinister』。その2曲目に収められた「The Stars of Track and Field」は、陸上競技のスターたちを題材に、青春の憧れ・操作・孤独という普遍的なテーマを鮮やかに描き出した楽曲だ。
リリースから約30年が経った今もなお、このアルバムはPitchforkの「1990年代ベストアルバム100」で14位に選出されるなど、時代を超えた名盤として語り継がれている。今回は歌詞の核心に迫りながら、作詞を手がけたスチュアート・マードックが込めたメッセージを丁寧に読み解いていく。
「The Stars of Track and Field」の歌詞を和訳と共に深く読み解く
1. 人気者が生み出す「崇拝」——冒頭フレーズの皮肉
Make a new cult every day to suit your affairs
Kissing girls in English, at the back of the stairs
(和訳)
その日の都合に合わせて、毎日新しい「崇拝」を作り上げていく
階段の裏で、英語式に女の子にキスをしながら
冒頭からマードックの鋭い観察眼が光る。「cult(カルト)」とは本来「熱狂的な信奉」を意味する言葉だが、ここでは人気者が周囲を自分の都合に合わせてグループ化し、無意識に”崇拝者”を生み出していく様子を皮肉的に表現している。
「Kissing girls in English」という表現も興味深い。スコットランドやアイルランドで頬に行うビズとは異なり、唇へのキスを指すとされるスラング的な表現だ。ありふれた青春の一コマが、マードックの手にかかると独特の距離感を帯びたイメージに変わる。
2. 観察者のまなざし——「書いてもいいか?」という問いかけ
Could I write a piece about you now that you’ve made it?
About the hours spent, the wilderness in your training
You only did it so that you could wear your terry underwear
And feel the city air run past your body
(和訳)
成功した今、あなたのことを記事に書いてもいいか?
費やした無数の時間、孤独なトレーニングの荒野について
あなたがそれをやり続けたのは、ただテリー素材のインナーをまとい
都会の風が体を駆け抜けていくあの感覚のためだったんじゃないか
このパートは曲全体の中でも、詩的な完成度が際立つ箇所だ。「Could I write a piece about you?」というスポーツライターがインタビューを申し込むような問いかけは、実は語り手がスターに対して抱く憧れと疎外感の両方を同時に示している。
「The wilderness in your training(トレーニングの荒野)」という表現が特に美しい。栄光の陰に隠れた孤独な練習の日々を「荒野」と呼ぶことで、観客には見えない内側の苦しさを浮かび上がらせる。そしてオチとして登場する「terry underwear(テリー素材の下着)」という極めて具体的で些細なディテールが、大げさなスポーツ讃歌に仕上げることを拒む。人間としての等身大の姿——これがベルセバらしさだ。
3. 称賛の裏に潜む視線——「誰の力も借りなかった」が示すもの
She never needed anyone to get her round the track
But when she’s on her back
She had the knowledge to get her into college
(和訳)
トラックを走るためには、誰の力も借りなかった
けれど、仰向けになったとき
彼女には、大学に入るための別の”知識”があった
曲中でも最も複雑な解釈を要するフレーズだ。自立した女性アスリートとしての強さを称えるかと思いきや、次の行が性的な含みを帯びてその印象を覆す。マードックはここで、スポーツスターのイメージが外からの視線によっていかに消費・解釈されやすいかを描いている。
賞賛と皮肉の境界線上に立つこのフレーズは、「スターを眺める語り手自身——そしてリスナー自身の視線も問われている」という構造を持つ。スターを見ている私たちもまた、この物語の共犯者かもしれない。
サビに宿る両義性——「美しい人々」とは誰のことか
サビでは “The stars of track and field are beautiful people” というフレーズが繰り返される。一見シンプルな賛辞だが、歌詞全体を読んだ後ではその言葉の響きが変わる。
マードックが言う「美しい」とは、外見や才能だけを指すのではない。周囲を惹きつけながらも孤独であり、憧れを生み出しながら操作的でもある——そのすべてを含めた複雑な存在として「美しい人々」を描いている。 グランジ全盛期に「繊細さや曖昧さ」を音楽に持ち込んだベルセバの姿勢が、このフレーズに凝縮されている。
📝 ちょこっとコラム:スチュアート・マードックと「走ること」の記憶
この曲を書いたスチュアート・マードックは、若い頃に陸上競技を楽しんでいた。しかし20代前半に慢性疲労症候群(ME/CFS)を発症し、走ることも学業も断念せざるを得なくなった。長い療養生活の中で作曲に向き合い、医師のすすめで参加した失業者向け音楽クラスでスチュアート・デイヴィッドと出会う——それがBelle & Sebastianの出発点だ。
つまり「The Stars of Track and Field」は、他者の観察にとどまらず、かつて走ることができた自分自身へのまなざしも内包しているかもしれない。栄光のスターを見つめる語り手に、マードック自身の面影を重ねて聴くと、歌詞の切なさがより深く沁みてくる。
「The Stars of Track and Field」は、陸上競技という舞台を借りながら、青春の憧れ・孤独・そして「見る/見られる」という関係性そのものを問い直す楽曲だ。収録アルバム『If You’re Feeling Sinister』は1996年11月にJeepster Recordsからリリースされ、2026年にはリリース30周年を迎える。バンドの歩みと歌詞に思いを馳せながら、繰り返し聴いてほしい一曲だ。
公式動画
Belle and Sebastian – The Stars of Track and Field(Official Audio)

