海外の空港で感じる「あの匂い」、実は遺伝子が原因だった

文化面

海外旅行で欧米の空港に降り立ったとき、あるいは国内で外国人旅行者とすれ違ったとき、「なんとなく独特の匂いがする」と感じた経験はないだろうか。

あれは気のせいでも、衛生状態の違いでもない。背景には、数万年前の人類史にさかのぼる遺伝子の変化がある。

日本人の「体臭の少なさ」は世界的に見ると例外的

まず押さえておきたいのは、体臭があることが人間にとって「普通」であるという事実だ。

ABCC11遺伝子に「体臭なし型」の変異を持つコーカサス系(いわゆる白人)の割合は、わずか約2%とされている。体臭を持たない人が多数派なのは、東アジア特有の現象なのだ。 Genetic Lifehacks

この変異は約3〜4万年前に北方モンゴロイド系の集団に生じ、その後、現在の中国・韓国・日本などで95%以上の普及率に達したとされる。 Oxford Academic

つまり、欧米人が体臭を持っているのは人間として自然なことであり、日本人の体臭の少なさこそが、進化の歴史の中で生じた特殊な変異の結果なのだ。

汗は無臭、匂いを作るのは「菌」

「体臭は汗の匂い」と思っている方も多いかもしれないが、実はそうではない。

体臭は汗そのものからではなく、皮膚上の細菌が汗の成分を分解するプロセスで生じる。 Seed

汗には大きく2種類ある。エクリン汗腺から出る汗(主に体温調節用)はほぼ水分で、臭いは出にくい。一方、脇の下などに多いアポクリン汗腺から出る分泌液にはアミノ酸やタンパク質が含まれており、皮膚常在菌がこれを分解することで揮発性の臭気物質が生まれる。

体臭の多い少ないは、このアポクリン汗腺の「働き」によって大きく左右される。

遺伝子一つが、耳垢と体臭の両方を変える

体臭の有無に関わるのが、ABCC11遺伝子の一塩基多型(SNP)だ。

2006年に長崎大学などの研究チームが発表した研究によって、耳垢が湿っているか乾いているかは、このABCC11遺伝子の特定の一箇所(rs17822931)によって決まることが明らかになった(Nature Genetics, 2006)。

耳の中の耳垢腺とワキの下のアポクリン汗腺は、どちらもアポクリン型の腺であり、組織学的・機能的に多くの共通点を持つ。このため、ABCC11遺伝子の変異は耳垢と体臭の両方に同時に影響する。 ScienceDirect

  • 遺伝子が**変異型(AA型)**の人:耳垢が乾いていて体臭が少ない(東アジア系に多い)
  • 遺伝子が**通常型(GG型またはGA型)**の人:耳垢が湿っていて体臭が出やすい(欧米・アフリカ系に多い)

自分の耳垢が乾いているか湿っているかを確認するだけで、自分の体臭タイプをある程度推測できるというわけだ。

食事や生活習慣も体臭に影響する

遺伝的な要因以外にも、体臭に影響する要素はある。

赤肉の摂取がワキガの臭いをより強く、不快なものにするという研究報告がある。乳製品や動物性脂肪を多く含む欧米型の食事と、魚・発酵食品・野菜が中心の伝統的な日本食とでは、体内で生成される揮発性物質の種類や量に差が出る可能性が指摘されている。 PubMed Central

ただし、食事の影響だけで「外国人の匂い」すべてが説明できるわけではなく、遺伝的な要因が最も大きいと現在の研究では考えられている。

また、皮膚のマイクロバイオーム(細菌叢)はストレス・ホルモン・環境によっても変化し、個人差が大きい。同じ遺伝子型でも、体調や生活環境によって体臭の強さは変わる。 Vanderbilt University Medical Center

「匂いが気になる」のは慣れの問題でもある

「臭い」と「嗅ぎ慣れていない」は別の話だ、という視点も重要だ。

日本人は幼少期から、体臭の少ない人々に囲まれて育つ。欧米圏の人々と接する機会が少ない環境では、アポクリン由来の体臭に「慣れていない」ため、少量でも強く感じやすい。これは感覚の偏見ではなく、嗅覚の順応(慣れ)の問題だ。

逆に欧米に長く住んだ日本人がいつの間にかあまり気にならなくなるのも、この順応によるものが大きい。

まとめ

要因内容
遺伝(最大の要因)ABCC11遺伝子のSNPがアポクリン汗腺の分泌を制御。東アジア系は変異型が多く体臭が少ない
細菌皮膚常在菌(コリネバクテリウムなど)が汗を分解して臭気物質を生成
食事赤肉・乳製品などが体臭を強める可能性あり(研究段階)
嗅覚の慣れ嗅ぎ慣れていない匂いはより強く感じる

海外の空港で感じる「あの匂い」は、不潔の証拠でも、特定の人々への偏見でもない。数万年かけて人類が積み重ねてきた遺伝的多様性の、ごく自然な結果だ。


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