パスポートは国に没収される——官報に実名が載る、知られざる旅券返納命令の仕組み

社会面

令和8年6月23日付の官報(第1732号)に、5人分の名前・生年月日・住所・旅券番号が、ずらりと並んだ一覧表が掲載された。「旅券法第十九条の二第一項の規定に基づく一般旅券の返納命令に関する通知」——パスポートの没収命令の通知だ。5人全員、理由欄には「詐欺等事件発生後に逮捕・詐欺取捨者として逮捕」と記されている。

なぜこうした個人情報が官報という公的な媒体に掲載されるのか。そこには、あまり知られていない日本の法的な仕組みが関係している。

パスポートは「没収」できる

まず前提として、日本のパスポートは国に没収できる。正式には「返納命令」と呼ぶが、内容は実質的な没収だ。

旅券法第19条に基づき、外務大臣または領事官は以下のような場合にパスポートの返納を命じることができる。申請内容に虚偽があった場合、名義人の生命や財産保護のために渡航を中止させる必要がある場合、海外において日本国民の信用を著しく害した場合——そして、2年以上の刑罰で訴追されている場合だ。

返納命令を受けた人が期限内にパスポートを返さなければ、そのパスポートは自動的に失効する。さらに従わなかった場合は5年以下の懲役または300万円以下の罰金という刑事罰が科されうる。

今号に掲載された5人は、詐欺事件に関わったとして逮捕されている。逮捕された人物が海外逃亡を図ることを防ぐために、パスポートそのものを無効化する——これが返納命令の現実的な機能の一つだ。

なぜ「官報に載せる」のか

ここからが本当に面白い部分だ。

返納命令が出た場合、外務大臣は名義人本人に速やかに通知しなければならない。ところが、名義人がすでに海外にいて所在がわからない場合や、国内にいても通知が届かない状況にある場合、どうすればよいか。

そのための抜け道として法律が用意しているのが、「官報公示」だ。旅券法の規定により、外務大臣が官報に通知内容を掲載すれば、掲載後20日を経過した時点で、通知は名義人に「到達したとみなされる」。

つまり官報はここで、「読まれなくても法的効力を持つ通知の掲示板」として機能している。本人が読んでいようがいまいが、20日経てば通知済みとなり、返納命令の効力が発生する仕組みだ。郵便が届かない相手に対して「官報に載せることで手続きを完結させる」という、行政手続き上の合理的な苦肉の策でもある。

「渡航の自由」との緊張関係

パスポートの返納命令は、憲法22条2項が保障する「外国へ一時旅行する自由」と緊張関係に立つ。

この問題が実際に法廷で争われたのが、2015年のケースだ。紛争地帯への渡航を繰り返してきたジャーナリストが、シリアへの再渡航を計画したところ、外務省からパスポートの返納命令を受けた。本人は「報道・取材の自由を侵害する」として訴訟を起こしたが、裁判所は命令を合憲と判断した。

命や身体の保護を理由とした渡航制限は、渡航の自由よりも優先されうる——これが日本の現行法の立場だ。

官報に実名が載る、その意味

今号に掲載された5人は、詐欺事件で逮捕されている。逮捕されていれば国内にいるはずで、通常なら直接通知が可能だろう。それでも官報に掲載されるケースがあるのは、拘置中で通知が難しい状況や、手続き上の確実性を担保するためとみられる。

官報に個人の名前と旅券番号が掲載されることには、一見プライバシーの問題があるようにも見える。しかし法的な文脈では、これは「国家が行政処分を適正に執行するための最後の手段」として設計された制度だ。

毎日発行される官報の片隅に、ひっそりと並ぶ5人の名前。読む人はほとんどいない。しかし法律上は、この掲載をもって「通知済み」となり、パスポートの効力が失われていく。

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【コラム】官報が「法的通知の掲示板」として使われるのはなぜ?

日本の行政手続きでは、相手方が不明・不在のときに「公示送達」という手段が使われる。民事訴訟や行政処分において、通常の方法で通知できないとき、官報や裁判所の掲示板に掲載することで「通知が届いたとみなす」制度だ。

旅券の返納命令における官報公示もこの仕組みの一種で、行政法の世界では「擬制到達」と呼ばれる。相手が実際に読んでいるかどうかに関わらず、一定期間の経過をもって通知が完了したとみなすことで、行政処分が止まらないようにしている。

同様の仕組みは、破産手続きの公告、会社の合併公告、失踪宣告など、官報の多くの掲載事項に共通している。官報が「読まれなくても効力を持つ媒体」として機能し続けているのは、この擬制到達の仕組みがあるからだ。
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