パリで44度を観測した。それだけなら「またか」で済んだかもしれない。だが今回、フランスで起きたことのほうが、気温よりもずっと衝撃的だった。暑さから逃れようと川に飛び込んだ市民が、この1週間で40人溺死した。1000校を超える学校が休校になった。エッフェル塔が早閉めし、ルーブル美術館も閉まった。
そしてフランスの政界が、「エアコン」をめぐって激しく割れた。
「エアコンは悪者」という長年の常識
日本の家庭のエアコン普及率は9割を超える。一方、フランスは約25%だ。ドイツは3%、イギリスは5%という数字も報告されている。
なぜか。理由は一つではない。
まず建築規制がある。パリを象徴する石造りのオスマン建築には、室外機を外壁に設置することを禁じる景観保護のルールが課されている場合が多い。集合住宅では住民投票が必要なケースもあり、設置許可が下りるまでに年単位の時間がかかることもある。日本との生活コストの差もあって、エアコン1台の設置工事が100万円超になるという報告もある。
次に環境意識だ。フランスでは「エアコンは環境に悪い」という認識が広く定着してきた。EU全体でフルオロカーボン系冷媒(HFC)の規制が進む中、フランスは2021年から課税まで導入している。さらに2024年以降、国の住宅改修助成制度からもエアコンが対象外とされた。「涼しくなりたければエアコンではなく、断熱と緑地化で」という政策判断だ。
そして文化的な価値観もある。エアコンはかつて「軟弱なアメリカ式の贅沢品」として見られていた。分厚い石壁と鎧戸で夏を乗り切るのが、フランスの住まいの知恵だった。それが成り立っていたのは、パリの7・8月の平均最高気温が約25度だったからでもある。
ターニングポイントは2003年の1万5000人
2003年8月、フランスに歴史的な熱波が来た。国内各地で40度を超える高温が続き、エアコンのない家に閉じこもった高齢者を中心に、全国で約1万5000人が死亡した。ヨーロッパ大陸全体では推定7万人が亡くなったとされる。
これ以降、フランスの「エアコン事情」は少しずつ変わり始めた。介護施設へのエアコン設置が義務付けられ、普及率は2016年の14%から2020年には25%まで上昇した。ホテルが「冷房あります」と横断幕を掲げるようになったのも、この頃からだ。
それでも、一般家庭や学校にまでは広がっていない。そして今年、再び危機が来た。
「環境か、命か」が政治の言葉になった
2026年6月、フランスではパリで最高気温44度を観測した。全国54県に最高レベルの「熱波赤色警報」が発令され、人口の過半数にあたる約3900万人が対象となった。
1000校以上の学校が冷房設備のなさを理由に休校・短縮授業に追い込まれる中、国民連合(RN)のルペン氏は議会で言い切った。「エアコンは命を救う」。そして学校・病院などへの大規模な設置計画を訴える法案が提出された。
対して政府・環境省は「エアコンは外気温の上昇を招く間違った解決策だ」と反論。都市の緑地整備や建物の断熱強化こそが正しい方向だと主張した。
右が「今すぐ涼しくしろ」と言い、左が「エアコンでは地球を救えない」と応じる。気候変動への向き合い方の違いが、「エアコンの是非」という身近な問いに凝縮されている。
日本はどこで分岐したか
日本でも、つい数十年前まで「学校にクーラーなんて贅沢だ」という声があった。それが今や、エアコンなしで子どもたちに授業をさせることは許容されない社会になっている。
その分岐点は何だったのか。技術の普及コストなのか、政策の優先順位なのか、それとも「命のコスト」の受け止め方の違いなのか。
フランスがこれだけの犠牲を出しても「エアコンは悪だ」という声が消えないことは、豊かさと便利さの「当たり前」がいかに地域ごとに異なるかを、改めて考えさせる。
44度のパリで、人々は美術館に涼みに行き、川に飛び込み、40人が帰らなかった。
【コラム】フランスのエアコン規制、何がそんなに難しいのか
フランスでエアコンを設置するには、建物によっては自治体(町長)の許可が必要になる場合がある。集合住宅では住民投票が求められることも多く、歴史的建造物に指定されている建物では、外観を変えることへの制限が特に厳しい。景観への影響を審査する専門機関の承認を経なければならないケースもある。
さらにコストの問題がある。日本では工務店に頼めば数日で完了するエアコン設置工事だが、フランスでは旧来の石造りの建物に対応できる工事が少なく、100万円を超えるケースも珍しくないとされる。賃貸が多いパリでは、大家が費用をかけてもそれを家賃に転嫁しにくい事情もある。
現実的な障壁が重なった結果として「エアコンのない国」が存在している面も大きく、単純に「環境意識が高い」だけで説明できる話ではない。
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まとめ
フランスのエアコン問題は、環境対策と人命保護という二つの正論がぶつかり合う、現代社会の縮図のようなテーマだ。どちらも間違ってはいない。ただ、その対立の間に命が落ちていることだけは確かだ。
日本のエアコン事情を「当たり前」と感じるなら、それは積み重ねた選択の結果でもある。今年の夏、自分の家のリモコンを手に取るとき、そのことを少し思い出してみてほしい。


