令和8年6月22日、厚生労働省・経済産業省・環境省の三省が連名で定めた省令が施行された。内容は一見地味だが、化学メーカーにとっては見逃せない変更だ。企業が新たに開発した化学物質の「名前を公開しなくてよい期間」が、これまでの5年から最長10年に延びた。
「名前を公開する」とは、どういうことか
化学物質を新たに製造・輸入しようとする企業は、あらかじめ国に審査を申請しなければならない。これは「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(通称・化審法)という法律で定められた仕組みで、人体や環境への影響がないかを国が事前にチェックする制度だ。
審査を通過した物質は、一定期間が経過すると官報にその名称が公示される。名称が公示されるということは、その化学物質の構造が誰にでも特定できるようになるということを意味する。すると他の企業も同じ物質を自由に製造・輸入できるようになる。
言い換えれば、名称が公示される前の期間だけが、開発企業が「先行者として独占できる時間」になる。
なぜ5年では足りなかったのか
化学物質の開発には相応のコストと時間がかかる。毒性試験用のサンプル調製に半年、必要な試験データの取得に1年、審査の申請から判定通知まで半年——合計で約2年が審査前後だけで消える。製品化や市場展開の準備を加えると、実質的に競争優位を享受できる期間は従来の5年ではほとんど残らないという声が業界から上がっていた。
今回の改正では、特定の条件(法律第4条第1項第2号から第4号)に該当する物質については公示までの期間を10年に延長し、別の条件(同第5号)に該当するものは引き続き5年とする、二段階の仕組みに整理された。
「先行利益の保護」と「情報公開」のバランス
この制度をめぐっては、かねてから二つの考え方がぶつかってきた。
開発企業の側は、長期間の非公示を求める。名前が公開されれば構造が特定され、競合他社が模倣品を作れるようになるからだ。審査に必要な毒性試験などは先行企業が費用を負担して実施している一方、名称が公示された後は後発企業がその恩恵を受けられる、という不公平感もある。
一方で、早期公示を求める意見もある。同じ物質に対して複数の企業が重複して試験を実施するムダを防ぐためには、情報が早く共有されるほどよいという考え方だ。
今回の改正は、この長年の議論に一定の決着をつけるかたちで、開発企業の競争上の利益をより手厚く保護する方向に踏み込んだ。
化学業界にとっての意味
新素材や機能性化学品の分野では、研究開発投資を回収できるかどうかが事業継続の鍵を握る。特に特許と組み合わせて活用できる場合は、非公示期間の延長が実質的な参入障壁の強化につながる。
今回の施行で、令和8年6月22日以降の届出分から新ルールが適用される。グローバルに研究開発競争が激化するなか、日本の化学産業の競争力を底上げするための制度的な後押しとして位置づけられる改正だ。
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【コラム】化審法ってどんな法律?
化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)は1973年に制定された。かつて問題となったPCB(ポリ塩化ビフェニル)による環境汚染を教訓に、新しい化学物質を市場に出す前に国が安全性を審査する仕組みとして誕生した。
審査では主に「分解性」「蓄積性」「人の健康への影響」「生態への影響」の4点が評価される。危険性が高いと判定された物質は「第一種特定化学物質」などに指定され、製造・輸入が原則禁止または制限される。
現在、日本で流通している化学物質は数万種類に及ぶとされており、その管理を支える根幹の法律の一つが化審法だ。厚生労働省・経済産業省・環境省の三省が共同で所管しており、今回の省令改正も三省の連名で公布・施行されている。
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