※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
案内所のドアが開くと、雨に濡れたコートの女性が立っていた。高橋美咲、35歳。中堅メーカーの経理部で7年間、契約社員として働いている。
「あの、正社員登用の面談が来月にあって……」
椅子を勧めると、彼女は少し迷ってから腰を下ろした。手元のスマートフォンには、経理業務の自動化を伝えるニュース記事が開かれたままだった。
「面談の前に、上司からこう言われたんです。『これからの経理は、AIに使われる側と、AIを使う側に分かれる』って。今の私、多分、使われる側なんです。伝票の入力と、月末の集計。それだけで一日が終わる日もあって」
美咲は資格の勉強もしていない。日商簿記も持っていない。だからこそ、7年目にしてようやく開けた正社員のチャンスを、逃したくないと思っている。
「正直に言いますね」
ミチルさんはいつもの一言で、話を引き取った。
「美咲さんが今日感じている不安は、当たっています。経理の仕事の中で、AIに置き換わる部分は、これからも増えていきます。でも、それがイコール『美咲さんの仕事がなくなる』ではありません。順番に見ていきましょう」
AI代替率
(編集部予測)
65%
2026年、この仕事の現在地
経理事務は、企業の日々のお金の動きを記録し、資金の流れや経営の状態を報告する仕事だ。伝票を起こして帳簿に記帳し、月末には勘定科目ごとに集計して残高を確定させる。決算期には貸借対照表や損益計算書といった財務諸表を作成し、予算編成や経営の進捗管理のための資料もつくる。
厚生労働省の「職業情報提供サイト(job tag)」によると、経理事務の全国就業者数は152万3,600人(令和2年国勢調査)にのぼる。平均年収は512.2万円、平均年齢は44歳、月間労働時間は159時間(いずれも令和7年賃金構造基本統計調査)。正規職員が72.7%を占める一方、パートタイマーや派遣社員として働く人も多く、女性の就業者が多い職種でもある。
入職に学歴や資格は必須ではないが、日商簿記検定などの取得が実務の土台になる。伝票の作成・記帳といった基礎的な仕事から始め、予算・決算・資金計画まで一人前になるには数年かかるとされる。有効求人倍率は0.59(令和6年度)と、他の専門職に比べて低め。すでに会計ソフトやクラウドの導入が進み、単純な計算・帳簿作成の機械化が広がっていることが背景にある。
2045年、何がこの仕事を変えたか
2045年、伝票の起票や記帳、入出金の突合チェックといった定型業務は、汎用エージェントAIが会計ソフトと一体化して処理するのが当たり前になっている。領収書を撮影すれば仕訳が自動で提案され、月次決算の集計も下書きの段階まではAIが仕上げる。
一方で、高リスク領域における「AIの判断への人間の最終承認」という社会全体の原則は、経理にもそのまま当てはまる。決算数値の最終確定、税務調査や会計監査への対応、資金繰りの最終判断は、法人としての責任を負う人間に留保されている。取引先の信用状況を見て与信の限度額を決める、といった経営判断に近い仕事ほど、AIは材料を揃えるだけの立場にとどまる。
労働力不足は経理の世界にも及んでいる。中小企業では経理担当者そのものが確保しにくくなり、AIによる自動化と人手不足が同時に進む構造になっている。
ある一日
朝8時、経理課の中原彩(40代)は、ノートパソコンを開くとまずAIがまとめた「今日の資金繰りサマリー」に目を通す。夜間のうちにAIが全取引先の入出金予定を突き合わせ、資金がショートしそうな日を赤字で示していた。
「来週火曜、支払いが集中してますね」
若手社員がAIの画面を指しながら声をかけてくる。中原は資料をめくり、取引先ごとの支払いサイトの交渉履歴を思い出しながら答える。
「A社への支払いを、少し前倒しできないか聞いてみましょう。関係が大事な取引先だから」
数字だけでは出てこない判断だった。午後は税務調査の立ち会いが入っている。調査官の質問に、AIが用意した根拠資料を示しながら、なぜその処理をしたのかを自分の言葉で説明する。伝票を打つ仕事は、もうほとんど残っていない。それでも、この部署に中原がいる理由は、確かにあった。
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務内容 |
|---|---|
| AIに代替 | 伝票起票・記帳、入出金の突合チェック、経費精算の一次チェック、月次集計の下書き作成 |
| AIと協働 | 予算編成資料の作成、経営分析レポートのドラフト、税務申告書類の下準備 |
| 人間に残る | 資金繰りの最終判断、会計監査・税務調査への対応、与信管理の意思決定、決算数値への説明責任 |
それでも人間がやる価値
数字を出すことはAIにもできる。けれど、その数字が何を意味するのかを人に説明し、その説明に対して責任を引き受けることは、人間にしかできない。税務調査官の疑問に答えるのも、資金繰りが厳しいときに取引先へ頭を下げに行く判断をするのも、最終的には「その数字を背負っている人」の仕事だ。経理という仕事の核心は、計算する力ではなく、数字の意味を背負う力にある。
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- AI・ロボットを「使う側」に回った層(決算統括・資金管理・経営分析等の高度化業務を担う人材):700万円〜(上限なし)
- 従来型業務が代替され、雇用枠が縮小した層(記帳・伝票処理中心のまま):380万円前後
- 参考・2026年の平均:512万円(令和7年賃金構造基本統計調査)
「正直に言いますね」とミチルさんは続けた。「伝票を打つだけの仕事は、確かに減っていきます。でも、簿記の知識をベースに、数字の意味を人に説明できる人は、むしろ足りなくなります。今からその力をつければ、間に合いますよ」
わたしも昔、朝いちばんに来て、夜いちばんに帰る仕事をしていた時期がありました。数字ではなかったけれど、誰かの帳尻を、代わりに合わせるような仕事でした。
この仕事を目指すきみへ
日商簿記2級までは、早いうちに取っておくといい。資格そのものより、簿記の考え方を体に入れることに意味がある。それに加えて、AI会計ソフトを使いこなす発想力と、数字の意味を言葉にして人に説明する力を、意識して鍛えてほしい。数字が読めるだけの人ではなく、数字を語れる人になること。それが2045年の経理を生き抜く道だ。
【コラム】複式簿記、実は500年前からほぼ変わっていない
現代の会計の基礎になっている「複式簿記」の考え方は、15世紀のイタリアの数学者ルカ・パチョーリが著書の中でまとめたとされる。取引を「借方」と「貸方」の両面から記録するという仕組みは、AIが計算を肩代わりするようになった今も、会計の骨格として変わっていない。道具は電卓からAIへと変わっても、数字の捉え方そのものは驚くほど息が長い。
まとめ
経理事務のAI代替率は65%(編集部予測)。伝票入力や記帳といった定型業務の多くはAIに置き換わる一方、決算数値への説明責任や資金繰りの最終判断は人間に残り続ける。数字を「出す」仕事から、数字を「背負う」仕事へ。それが2045年の経理事務の姿だ。
リファレンス
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


