※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
駅前の雑居ビルの2階に、その案内所はあります。すりガラスのドアに「仕事案内所」とだけ書かれた、小さな相談ブース。
7月の夕方、学生服の少年がドアを開けました。手には折り目のついたプリントが1枚。
「進路調査票ですか」と、奥の席の女性が声をかけます。ミチルさん。この案内所の案内人です。
「……はい。第一志望を書けって言われて」
「書けなかった?」
少年はうなずいて、椅子に座りました。しばらく黙ってから、ぽつりと言います。
「うち、歯医者なんです。父も、祖父も。でも友だちに言われて。歯医者なんて、もうAIがやってるじゃん、って」
ミチルさんは少し笑って、端末を引き寄せました。
「いい質問を持ってきましたね。じゃあ──この仕事、正直に言いますね」
AI代替率
(編集部予測)
55%
2045年現在、歯科医師の仕事のおよそ55%は、AIとロボットが担っています。診断の下書きも、詰め物づくりも、面倒な保険請求も。それでも、歯医者さんは消えていません。むしろ残った45%にこそ、この仕事の本体がありました。順番に見ていきましょう。
2026年、歯科医師はこういう仕事だった
「まず、あなたのお父さんが若かったころの話から」とミチルさんは言います。
いまから約20年前の2026年。厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)によると、当時の歯科医師の就業者数は約9万8,000人。平均年収は1,062.7万円で、就業形態は自営・フリーランスが66.0%──つまり3人に2人が独立して働く、「開業」が前提の職業でした。
仕事の中身は、診察と治療方針の決定、むし歯を削って詰める処置、抜歯や入れ歯の装着、歯石の除去、歯磨き指導。これらはほぼすべての歯科医師が行う中核業務でした。その一方で、診療報酬の請求処理(レセプト)もほぼ全員が抱え、8割は詰め物・かぶせ物(専門用語で補綴物=ほてつぶつ)の作製にも関わっていました。「手を動かす仕事」と「事務仕事」が切り分けられないほど混ざり合っていたのが、2026年の歯科医師です。
そして当時すでに、都市部では歯科医師の供給が多すぎるとして歯学部の定員を減らす動きがある一方、高齢化で訪問歯科診療のニーズは増え続けていました。実は「二極化」の芽は、このころから公的な職業解説に書かれていたのです。
2045年、何がこの仕事を変えたのか
変化は、大きく3つの波で来ました。
第1の波は、診断と事務のAI化です。 口腔スキャンと画像データから、むし歯・歯周病・粘膜疾患の兆候を拾い上げる診断支援AIが標準装備になりました。ただし、最終的な診断と治療方針の決定は、法律で人間の歯科医師だけに認められています。AIは「見落とさないための目」であって、決めるのは人間。レセプト処理は完全に自動化され、歯科医師が夜な夜な請求業務と格闘する光景は過去のものになりました。
第2の波は、ものづくりの自動化です。 詰め物・かぶせ物・入れ歯は、口腔スキャンデータからAIが設計し、院内の加工機が削り出すフルデジタル生産になりました。この流れ自体は2020年代からデジタル歯科技工という形で始まっていましたが、2045年にはほぼ完成形に達しています。
第3の波は、予防へのシフトです。 家庭の洗面台に口腔スキャン機能つきのスマートミラーが普及し、異常の兆候は「痛くなる前」に検知されるようになりました。歯科医院の主戦場は「削る治療」から「悪くさせない管理」へ移り、あわせて、施設や自宅を回る訪問歯科は高齢化の進行とともに主力業務のひとつになりました。
一方で、意外に残ったのが「手」の仕事です。ヒト型ロボットは工場や倉庫では当たり前になりましたが、一人ひとり形が違い、動き、痛がる人間の口の中は、機械にとって今なお最難関の作業環境のひとつです。削る・抜く・縫うといった処置は、ロボットアームの支援を受けながらも、人間の歯科医師の手に残りました。
ある歯科医師の一日──2045年
郊外で診療所を営む、40代の歯科医師の朝を見てみましょう。
朝7時半。診療所の端末を開くと、夜のあいだにAIが仕分けた患者データが並んでいます。スマートミラー経由で届いた82人分の口腔スキャン。要観察が4人、至急が1人。彼女はコーヒーを片手に1件ずつ確認し、承認ボタンを押していきます。かつて初診の問診に使っていた時間は、この朝の15分に圧縮されました。
午前は外来。ロボットアームが削る位置と深さを提示し、ハンドピースを握るのは彼女です。削るのにかかる時間は父の代の半分以下。浮いた時間で、彼女は麻酔を怖がる男の子の隣にしゃがみ、治療器具をひとつずつ見せて回ります。
午後は訪問診療。高齢者施設で入れ歯の調整を3件。「先生の手じゃないと嫌だ」という93歳の常連がいます。帰り道、運転は車に任せて、AIが設計したかぶせ物のデータを確認し、承認します。
夕方、最後の患者を見送って、彼女は思います。削る時間は減った。話す時間は増えた。
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務 |
|---|---|
| AIに代替 | レセプト・事務処理、詰め物・かぶせ物(補綴物)の設計・製作、画像のスクリーニング、経過データの管理、診断書の下書き |
| AIと協働 | 診断・治療方針の決定(最終判断は人間)、削る処置や矯正の計画立案、予防管理プログラムの設計 |
| 人間に残る | 削る・抜く・縫うなどの処置、麻酔、痛みや恐怖への対応、訪問先での柔軟な対応、患者・家族への説明と意思決定の支援 |
それでも歯医者さんが消えない理由
「歯医者さんの本業はね」とミチルさんは少年に言います。「削ることじゃないんです。怖がっている人に、口を開けてもらうことなんですよ」
歯科は、医療のなかでも特殊な仕事です。相手は意識のある人間で、多くは緊張し、少なからず怖がっています。その人の急所である口の中に、刃物を持った手を入れることを許してもらう。この「許してもらう」部分は精度の問題ではなく信頼の問題で、AIがどれだけ賢くなっても、代わりに獲得することはできませんでした。
もうひとつは、法と責任の問題です。人の体を傷つける行為の最終責任を機械に負わせることを、2045年の社会はまだ選んでいません。診断の最終決定と処置が人間に残されているかぎり、歯科医師という資格の中心は空洞化しない──これが、歯医者さんが消えなかった理由です。
2045年の年収──同じ免許で、二極化する
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- AIとロボットを「使う側」に回った層(予防管理・訪問・自費診療を軸にした開業医など):1,300万円〜
- 従来型の保険診療だけを続けた層・雇われの枠:500万円前後
- 参考・2026年の平均:1,062.7万円(公的統計にもとづく当時の値)
理屈はこうです。AIで自動化された業務は、診療報酬の点数が段階的に切り下げられていきました。機械がやれることで稼げる金額は、年々小さくなる。一方、人間にしかできない処置、予防管理、訪問診療、そして設備投資と経営判断ができる開業医の取り分は膨らむ。同じ免許を持っていても、AIの上に立つか、AIと同じ土俵で戦うかで、収入は2倍以上開く──それが編集部の予測です。
この仕事を目指すきみへ
「じゃあ、歯学部に行く意味、あるんですね」と少年は聞きました。
「ありますよ。手の仕事は残りましたから。ただし」とミチルさんは指を3本立てます。
第一に、手技。削る・縫う・調整する技術は、最後まで残る人間の砦(とりで)です。必要なのは器用さと、器用さを磨き続ける根気。第二に、対話。怖がっている人、耳の遠い人、じっとしていられない子ども。相手に合わせて説明を変えられる力は、AI時代にもっとも値段の上がったスキルです。第三に、経営とAIの目利き。3人に2人が経営者になる構造は、2045年も変わっていません。どの機械に投資し、どの業務を任せ、自分の時間を何に使うか。それを決めるのが、これからの院長の仕事です。
「お父さんの医院を継ぐかどうかは、まだ決めなくていい。でも見学するなら、診療室じゃなくて、お父さんが夜に何をしているかを見てごらんなさい」
少年は進路調査票を折りたたんで、来たときより少しだけ軽くなった顔で、階段を降りていきました。
【コラム】2045年の洗面所
編集部が予測する2045年の朝は、こうです。洗面台のスマートミラーが、歯磨き後の磨き残しを光で示す。歯ブラシに内蔵されたセンサが唾液の状態を毎朝チェックし、むし歯や歯周病のリスクが一定値を超えると、かかりつけの歯科医院に自動で予約候補が届く。「歯医者は痛くなってから行く場所」から「アラートが来たら行く場所」へ。通院のきっかけの主役が「痛み」から「データ」に変わることこそ、この20年で最大の変化かもしれません。
まとめ
- AI代替率(編集部予測)は55%。診断支援・詰め物づくりの自動化・事務処理はAIとロボットへ移りました
- それでも、処置と最終診断は人間に残り、資格の中心は揺らいでいません。核心は「怖がっている人に口を開けてもらう」信頼の仕事です
- 年収は二極化。AIを使う側に回れるかどうかが分かれ目になります
- 目指す人が磨くべきは、手技・対話・経営とAIの目利きの3つです
次回の「AI時代 2045年の仕事内容」では、別の相談者が案内所を訪ねます。取り上げてほしい仕事があれば、Xで編集部まで教えてください。
歯科医師 – 職業情報提供サイト(job tag)(厚生労働省)
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


