※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
八月に入って最初の週だった。仕事案内所の窓から見えるアスファルトは白く光っていて、階段を上がってきた人はみんな、入り口でいったん立ち止まる。
その日の午後に入ってきたのは、大きなリュックを背負った女性だった。
「あの、学生でも相談していいんでしょうか」
「もちろん。どうぞ」ミチルさんは椅子を引いた。
森田奏(20歳)は、教育学部の2年生だと名乗った。リュックを膝の上に抱えたまま座って、しばらく机の木目を見ていた。
「教員免許を取るつもりで入ったんです。中学のときの担任が国語の先生で、その人みたいになりたくて」
「いい入り方ですね」
「でも、去年あたりから、周りに言われるようになって。先生って、そのうち端末でよくない?って」森田は少し早口になった。「実際、わたしが高校生のとき、授業の半分は端末でした。分からないところを聞くのも、家では端末です。……じゃあ、教室にいた先生は、何をしていたんだろうって、思ってしまって」
ミチルさんは端末に職業名を打ち込んで、画面を森田のほうへ向けた。
「この仕事、正直に言いますね」
2045年時点のAI代替率
(編集部予測)
50%
「半分です」ミチルさんは言った。「教科を説明するという部分だけを取り出せば、数字はもっと上がります。それでも全体が50%で止まっているのは、教える以外の仕事が、この職業にはとても多いからです」
2026年、この仕事の現在地
まず、いまから20年ほど前の数字を見ておきます。
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)によると、2026年時点の高等学校教員の平均年収は666.1万円、平均年齢は43.9歳、労働時間は月167時間でした。いずれも2025年(令和7年)賃金構造基本統計調査にもとづく数字です。就業者数は25万7460人(2020年〈令和2年〉国勢調査)。ハローワークの有効求人倍率は1.14倍、求人賃金は月25.5万円でした(いずれも2024年度〈令和6年度〉)。
仕事の中身は、担当する教科を教えることだけではありません。job tagの説明にも、総合的な学習の時間、ホームルーム活動、生徒指導が並んでいます。授業の準備と授業そのものに加えて、部活動、行事、進路の面談、保護者への連絡が同じ一日の中に入っている。当時の高校教員は、そういう働き方をしていました。
有効求人倍率の1.14倍という数字も、この職業の性格をよく表しています。人が完全に足りていないわけでも、応募が余っているわけでもない。免許という入り口があるぶん、外から人を急に足せない職業でした。
2045年、何がこの仕事を変えたか
2045年、高校生が持つ端末には、その生徒専用の学習エージェントが入っています。教科の説明、演習問題の出し分け、どこでつまずいたかの検出は、ほぼこちらが引き受けています。夜中に質問しても答えが返ってくるので、「分からないところを聞く」ために教室を待つ必要はなくなりました。
採点も変わりました。定期試験の記述問題まで自動で採点され、成績の集計と調査書(ちょうさしょ・進学先に提出する書類)の下書きも自動で用意されます。教員が机に向かって数字を転記する時間は、ほとんど残っていません。
一方で、法律の側は逆の方向に動きました。学習エージェントが出した評価は、そのままでは生徒の記録になりません。進学や卒業に関わる判定のように、その後の人生を左右する判断には、資格を持つ人間が最終的に承認することが義務づけられています。医療や金融と同じ考え方です。
もう一つ大きいのが、生徒の数です。2045年の高校は、統合が進んで数が減りました。教員の採用枠も減っています。ただし1人の教員が受け持つ「教科ではない相談」の量は、むしろ増えました。端末が教科の面倒を見るようになったぶん、学校に残った仕事の中身が、進路と生活のほうへ寄ったからです。
ある一日
大野結衣(37歳)は、県立高校で国語を担当しながら、2年生の進路指導を受け持っている。
朝7時40分、職員室の端末には、前の晩に学習エージェントがまとめた学年の報告が届いている。誰がどの単元でつまずいているか、提出物が遅れているのは誰か。数字とグラフで並んでいる。大野はそれを上から下まで読んで、2人の名前に印をつけた。成績が落ちた生徒ではない。提出は間に合っているのに、質問の回数だけが先月の半分になった生徒だ。
1限は2年生の現代文。教材は端末が用意した案をそのまま使う。大野が手を入れたのは、最初の5分だけだ。教室の全員に同じ問いを投げて、それぞれが端末に打ち込んだ答えを、名前を伏せて黒板に並べる。
「この3つ、どれも正しい。じゃあ、どれが自分の言い方に近い?」
端末は正解を出すのが速い。だから大野は、正解のない問いのほうを担当している。
昼休み、印をつけた生徒の1人が進路室に来た。国公立を志望していたはずが、面談の希望欄に何も書いていない。
「決まらない?」
「いや、決まってるんですけど」生徒は端末を見せた。学習エージェントが出した合格可能性の一覧が表示されている。「これ見てると、なんか、もう答え出てるじゃんって」
大野は一覧をひととおり見てから、端末を伏せた。
「この数字、去年のきみのデータで出てるよね。今年のきみの話、まだ入ってないよ」
生徒は少し黙ってから、夏休みに行った工場見学の話を始めた。大野はメモを取らずに聞いている。20分ほど話して、生徒は面談の希望欄に第一志望を書いて出ていった。
放課後は部活動の顧問と、保護者への連絡が3件。連絡文の下書きは端末が作るが、送る前に必ず読み直す。夕方、学習エージェントが上げてきた学年末の評価案に、大野は2件だけ修正を入れて承認した。修正の理由は、自分の名前で残る。
「機械が出した数字を、そのまま押す仕事なら、たぶんわたしはいらないんです」大野はあとでそう話している。「押さない理由を書けるから、置いてもらえてる」
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務 |
|---|---|
| AIに代替 | 授業計画の下書き/小テストと定期試験の採点/成績処理/調査書の下書き/出欠と提出物の集計/教材の一次案づくり |
| AIと協働 | 生徒ごとの課題の出し分け/進路データの整理と受験先の候補出し/保護者への連絡文の作成/授業の振り返り |
| 人間に残る | 教室の空気が変わった瞬間の判断/進路に迷う生徒との対話/評価の最終責任/生徒指導の場面での判断/行事と部活動での関係づくり |
表を見ると、消えたのは「量が多くて答えが決まっている仕事」だと分かります。採点、集計、書類の下書き。2026年の教員が長時間労働の原因として挙げていた業務の多くが、この列に入りました。
残ったのは、答えが決まっていない仕事です。そして、そのほとんどが人を相手にしています。
それでも人間がやる価値
2045年の高校教員の核心は、一つに絞れます。
決めるのは本人だと言いながら、決まるまで隣にいることです。
進路の候補を出すのは端末のほうが速く、しかも公平です。過去の合格実績も、模試の伸び方も、教員の記憶より正確に扱えます。けれど、候補が並んだ瞬間に生徒が固まってしまうことがある。数字が正しいほど、「もう決まっている」と感じてしまうからです。
そこで、数字にまだ入っていないものを一緒に探す相手が必要になります。この夏に何を見たか、どの授業のあとに残って話していたか。それは学習エージェントの記録には残りません。同じ教室に半年いた人だけが持っている情報です。
評価の最終責任も同じ構造をしています。承認するという行為そのものは、一秒で終わります。価値があるのは、承認しない判断ができることのほうです。
2045年の年収
この職業の年収は、2045年には2つに分かれています。
分岐点は、教科を教えられるかどうかではありません。学習エージェントが出した案に対して、責任を持って手を入れられるかどうかです。
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- AIの出す評価案と進路案に最終判断を下し、探究や進路の設計まで担う層:800万円〜
- 教科の授業と補助業務が中心で、任期付き・時間講師の枠に置かれた層:420万円前後
- 参考・2026年の平均:666.1万円(賃金構造基本統計調査)
上に開くのは、生徒の数が減っても、承認できる人の数は減らせないからです。学校が統合されて一つの学校が大きくなるほど、最終判断を任せられる教員の一人あたりの重さは増えました。
下に沈むのは、教科の授業だけなら端末と組み合わせて少ない人数で回せてしまうからです。少子化で常勤の枠が減った結果、教科の担当だけを任期付きで受け持つ層が生まれました。この層の待遇は、2026年の平均を下回っています。
この仕事を目指すきみへ
教員を目指すなら、教科の勉強は当然として、それとは別に積んでおくとよい経験が3つあります。
- 自分で決めた経験。進路でも部活でも構いません。決めきれずに迷った時間の記憶が、あとで生徒の隣に座るときに効きます
- 自分と違う理由で動く人と、長く一緒にいた経験。学校の外の集まりでも、アルバイトでも構いません
- 書いて残す練習。2045年の教員の仕事は、判断の理由を自分の名前で残すことに寄っています
進路としては、教育学部だけが道ではありません。2045年も、教科の専門を学んだうえで免許を取る経路は残っています。むしろ、学校の外を知っている教員のほうが、進路の相談では強くなりました。
「端末に置き換えられるのが怖いなら」ミチルさんは森田に言った。「置き換えられる仕事のほうを、先に覚えておくといいですよ。何が渡せるかを知っている人が、渡したあとに何をするかを決められるので」
森田はリュックの持ち手を握り直して、しばらく考えていた。
「……担任の先生、授業のことはあんまり覚えてないんです。進路の話をしたときのことばかり覚えてる」
「覚えているほうが、残った仕事です」
【コラム】「先生になる道」は2045年も免許のまま
2045年になっても、高校で教えるには免許が要ります。学習エージェントがどれだけ賢くなっても、この入り口は残りました。
理由は、教員免許が「教える技術の証明」だけではなくなったからです。生徒の記録に責任を持つ人を、国が特定できる状態にしておく必要がある。誰が承認したのかをたどれることが、制度の側から求められました。
そのぶん、養成課程の中身は変わりました。教科の指導法に加えて、学習エージェントの出す評価をどう読むか、どこで手を入れるべきかを扱う科目が必修になっています。「機械の答えを疑う練習」が、免許の一部になったわけです。
まとめ
AI代替率(編集部予測):50%。教科の説明、採点、成績処理、書類の下書きは、2045年には端末と学習エージェントに移りました。残ったのは、答えの決まっていない仕事です。進路に迷う生徒と話すこと、評価に手を入れて理由を残すこと、教室の空気が変わった瞬間に気づくこと。2045年の高校教員は、教科を教える人であることをやめてはいませんが、それ以上に、決まるまで隣にいる人になっています。
厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)「高等学校教員」
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


