AI時代 2045年の仕事内容「酪農従事者」編――搾る仕事は消えても 気づく仕事は消えない

2045年の仕事

※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。

朝いちばんの仕事案内所は、まだ蛍光灯が全部ついていませんでした。自動ドアが開いて、制服のシャツの上にリュックを背負った女子高生が入ってきました。

「あの、予約なしでも大丈夫ですか」

「大丈夫です。どうぞ」ミチルさんは机の端の椅子を引きました。

長沢陽菜は椅子に座ってから、リュックを膝の上に抱えました。

「学校の課題で、牧場に行ったんです」

「牧場ですか」

「牛が好きで。行く前は、卒業したらああいうところで働きたいと思っていました」陽菜はリュックのひもを握りました。「でも、搾るのも、餌をやるのも、掃除も、ぜんぶ機械でした。人がいたのは事務所だけで」

「見学して、どう思いましたか」

「わたしがやりたかったことは、もう終わっているのかなと思って」陽菜は言いました。「牛には触れました。でも、それは仕事じゃなくて、見学だからですよね」

「順番に話しましょう」ミチルさんは受付票を横に寄せました。

2045年時点のAI代替率

ミチルさんは机の上で手を組みました。

「この仕事、正直に言いますね」

2045年時点のAI代替率

(編集部予測)

55%

「陽菜さんが見てきたところは、たしかに機械のほうが多かったと思います」ミチルさんは言いました。「作業の量でいえば、半分より少し多いところまで装置に移りました。ただ、残った45%は、まだ装置に渡せていません」

「45%も残っているんですか」

「残り方に特徴があるんです。そこから話しますね」

2026年、この仕事の現在地

厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)は、この職業を「酪農従事者」と呼んでいます。別名として、搾乳作業員、乳牛飼育作業員、酪農作業員などが挙げられています。仕事の中身は「乳牛を飼養し、牛乳やチーズなど乳製品の原料となる生乳を生産する」ことです。生乳(せいにゅう)とは、牛から搾ったままで、まだ加工していない乳のことをいいます。

job tagによれば、1日は給餌と搾乳から始まります。開始は朝6時ごろ。そのあと牛舎の清掃と健康チェックがあり、堆肥をつくる作業が続きます。春から秋にかけては、牛に食べさせる飼料そのものをつくる仕事も入ります。搾乳ロボットなどの機械操作も、すでに業務として書かれています。

数字も見ておきましょう。job tagに載っている2026年時点の数字は次のとおりです。

  • 平均年収:360.8万円(2025年〈令和7年〉賃金構造基本統計調査)
  • 平均年齢:49.1歳(同)
  • 労働時間:月167時間(同)
  • 就業者数:15万4470人(2020年〈令和2年〉国勢調査・「養畜従事者」の区分の集計で、養豚や養鶏など酪農以外の畜産も含む)
  • 有効求人倍率:3.75(2024年度〈令和6年度〉)
  • 月額求人賃金:22万円(同)

「有効求人倍率が3.75です」ミチルさんは数字を指しました。「求職者が1人いると、その人に対して求人が3.75件ある、という意味です。1を超えていれば人手が足りていない側で、3.75はかなり高い数字です」

「機械が入っているのに、人が足りないんですか」

「その2つは、同時に起きます」

2045年、何がこの仕事を変えたか

2045年の牛舎では、搾乳も給餌もふん尿の処理も、装置が受け持っています。牛は自分で搾乳の装置まで歩いていき、首につけた札で個体を識別されて、その牛に合わせた量を搾られます。乳量、体温、歩数、反すうの回数は、そのまま記録に残ります。飼料の残量が減れば、発注も自動で出ます。

変化はもうひとつあります。作業が装置に移ったことで、1人が見る牛の頭数が増えました。人が減ったというより、人の仕事の中身が「手を動かすこと」から「群れ全体を読むこと」に寄ったのです。

そのうえで、渡せていないものが残りました。生き物は毎日同じ状態ではありません。装置が測れるのは、すでに数字になったあとの変化です。数字になる前の変化は、いまも人が見つけています。

ある一日

藤井奈津は、この仕事を15年しています。牧場は法人になっていて、彼女は飼養管理の担当です。

朝5時40分、彼女は牛舎の端から歩き始めます。端末は持っていますが、最初の10分間は見ません。歩きながら、牛の立ち方と耳の向きを見ます。

手前から7頭目の前で、藤井は足を止めました。その牛は立っています。餌も食べています。数字は何も出ていません。

藤井はしゃがんで、牛の後ろ足のつけ根を下から見ました。それから端末を出して、その個体の3日分の歩数を呼び出します。減ってはいますが、通知が出るところまでは落ちていません。

「明日の朝、まだ同じだったら獣医を呼びます」藤井は若い同僚に言いました。「いまはまだ、様子を見ます」

午前中は、飼料の配合の見直しでした。装置が出してきた案に、藤井は2か所だけ手を入れます。先週から夜の気温が下がっていて、そのぶん牛の食べる量が動くからです。

午後3時、分娩の予定が1件ありました。装置は時刻を予測しますが、産まれてくるところに手を出せるのは人だけです。藤井は同僚を呼び、2人で立ち会いました。終わったのは午後4時20分です。

夕方、藤井は朝の7頭目の前にもどりました。牛は同じ場所に立っていました。彼女は端末を出さずに、しばらく見ていました。

消えた業務・残った業務

分類業務
AIに代替搾乳の作業/飼料の計量と配分/ふん尿の除去と搬出/1頭ごとの乳量と体温の記録/発情の兆候の検知/飼料の在庫管理と発注
AIと協働繁殖の計画づくり/飼料の配合の見直し/体調を崩した牛の切り分け/出荷する生乳の品質の管理/牛舎の温度・湿度・換気の調整
人間に残る分娩に立ち会って手を貸すこと/数字に出ていない不調に気づくこと/群れの中で弱っている1頭を見分けること/獣医と一緒に処置を決めること/暑さや停電など想定外の日に段取りを決めること

装置に移ったのは、測って記録する仕事と、同じ動作を繰り返す仕事です。人間に残ったのは、まだ数字になっていないものに気づく仕事と、その場に体がなければ成り立たない仕事でした。

それでも人間がやる価値

この仕事の核心は、数字になる前の1頭を見分けることです。

装置は、乳量が落ちれば教えてくれます。体温が上がれば教えてくれます。けれども、それは変化が数字の形になってからです。藤井が朝に足を止めたのは、数字がまだ何も言っていない段階でした。立ち方が少し違う、耳の向きが少し違う。その差は、100頭を毎日見ている人の目にしか映りません。

「見分ける、ですか」陽菜が聞き返しました。

ミチルさんは、机の上の受付票をそろえました。

「わたしも昔、ひとりひとりの顔と名前を、初日のうちに全部覚えないと仕事にならない場所にいました」ミチルさんは言いました。「覚えていると、その人の様子がいつもと違うときに、すぐ分かるんです。だから、見分けるという話になると、いまでも他人ごとに思えなくて」

「牛でも、同じことができるんですか」

「できる人がいます」ミチルさんは受付票を置きました。「そして、その人がいる牧場と、いない牧場では、病気が見つかる時期が変わります。早く見つかれば、薬も休ませる日数も少なくてすみます。つまり、見分ける目は、そのまま経営の数字になります」

2045年の年収

この職業の年収は、二極化ではなく下支え型で動きます。有効求人倍率3.75(2024年度〈令和6年度〉)という数字が示すとおり、この時点ですでに人手が足りていないからです。装置が入っても、その足りなさは埋まりませんでした。

  • 群れのデータを読み、繁殖と衛生の判断まで任される層:600万円〜
  • 搾乳の見回りと清掃が中心の層:360万円前後
  • 参考・2026年時点で公表されている平均:360.8万円(2025年〈令和7年〉賃金構造基本統計調査)

下がりにくいのは、人が足りないからです。上がるのは、装置が出した案に手を入れられる人が少ないからです。同じ牧場の中でも、判断を任される人とそうでない人で、差は開いていきます。

この仕事を目指すきみへ

「いまから積むといいものが、3つあります」ミチルさんは指を折りました。

  • 同じ相手を毎日見る習慣。牛でも、犬でも、部活の後輩でもかまいません。いつもと違うという感覚は、いつもを知っている人にしか生まれません
  • 数字を読む力。装置が出す乳量や歩数の意味が分かる人だけが、装置の案に手を入れられます
  • 体を使う仕事に耐えられる段取り。分娩も清掃も、時間を選んでくれません

「機械があるから人がいらない、ではないんですね」陽菜はリュックを膝から下ろしました。

「機械があるから、人の役割がはっきりしました」ミチルさんは言いました。「陽菜さんが見学で牛に触れたのは、見学だからではありません。あの仕事は、触れる人がいないと回らないんです」

【コラム】有効求人倍率3.75という数字の読み方

有効求人倍率は、仕事を探している人1人あたりに求人が何件あるかを示す数字です。1を下回れば、求人より求職者が多い状態。1を上回れば、その逆になります。

job tagに載っている酪農従事者の有効求人倍率は3.75(2024年度〈令和6年度〉)です。同じページの月額求人賃金は22万円で、平均年齢は49.1歳。求人はあり、賃金の提示もある。それでも平均年齢が49.1歳ということは、若い人が入ってきていない、ということでもあります。この連載でこれまで扱ってきた職業のうち、施設警備員も有効求人倍率4.03という高い数字でした。求人倍率の高さは、人気の高さではありません。

まとめ

  • 酪農従事者のAI代替率は55%(編集部予測)
  • 平均年収は360.8万円、平均年齢49.1歳、労働時間は月167時間(2025年〈令和7年〉賃金構造基本統計調査)、就業者数15万4470人(2020年〈令和2年〉国勢調査)、有効求人倍率3.75(2024年度〈令和6年度〉)(job tag)
  • 搾乳・給餌・記録・発情の検知は装置へ移り、数字になる前の1頭に気づく仕事が人間に残った
  • 2045年の年収は下支え型。判断を任される層は600万円〜、見回りと清掃が中心の層は360万円前後
  • いまから積むとよいのは、同じ相手を毎日見る習慣、数字を読む力、体を使う仕事の段取り

厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)酪農従事者

※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。

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