AI時代 2045年の仕事内容「理学療法士」編――測る仕事は消えても 手を離す瞬間を決める仕事は消えない

2045年の理学療法士 消える仕事 残る仕事のアイキャッチ 2045年の仕事

※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。

雑居ビルの2階の相談ブースに、作業着のようなポロシャツを着た男性が入ってきました。名札の跡が胸のところに白く残っています。

「夜勤明けで来たので、すみません、この格好で」

「気にしないでください。どうぞ」ミチルさんは机の端の椅子を引きました。

大石亮太は椅子に座って、膝の上で手を組みました。

「介護の仕事を7年やっています」

「施設ですか」

「老健です」大石は手を開いて、また組みました。「そこに理学療法士の人がいて、その人が来る日だけ、入所者さんの歩き方が変わるんです。同じ人なのに」

「それを見て、どう思いましたか」

「自分もやってみたいと思いました」大石は言いました。「ただ、34歳です。学校に3年行き直すことになります。そのあいだ収入がなくなりますし、そこまでして入る仕事が、20年後に残っているのかどうか」

ミチルさんは受付票を横に寄せました。

2045年時点のAI代替率

「この仕事、正直に言いますね」

2045年時点のAI代替率

(編集部予測)

45%

「45%です」ミチルさんは言いました。「測る仕事と、書く仕事と、メニューを組み立てる仕事は、2045年にはほとんど装置とAIのほうに移りました。残った55%が、大石さんが見た『歩き方が変わる』のところです」

「半分近く、なくなるんですね」

「なくなったのは業務です。人の数は減っていません」ミチルさんは言いました。「そこがこの仕事の変わったところなので、順番に話します」

2026年 この仕事の現在地

理学療法士は、医師の指示のもとで、体に障害のある人の運動機能の回復や維持をはかる仕事です。関節可動域(かんせつかどういき)、つまり関節が動く範囲や、筋力を検査し、その結果から目標を立てて、運動の指導や物理療法を行います。

2026年の時点で公表されている数字を、厚生労働省の職業情報提供サイトから並べます。

  • 平均年収:443.6万円(2025年〈令和7年〉賃金構造基本統計調査)
  • 平均年齢:36.2歳(同)
  • 労働時間:月157時間(同)
  • 就業者数:20万2540人(2020年〈令和2年〉国勢調査・「理学療法士,作業療法士」の区分の集計で、作業療法士を含む)
  • 有効求人倍率:4.53(2024年度〈令和6年度〉)
  • 求人賃金:月27万円(2024年度〈令和6年度〉)

有効求人倍率は、仕事を探している1人あたり何件の求人があるかを表す数字です。4.53は1人に対して4件半で、人手が足りていない状態を示します。

「平均年齢が36.2歳です」ミチルさんは言いました。「いま増えている途中の職業だということです。国家試験の合格者は、2025年2月の時点で直近の年に1万1373人でした」

「増えているのに、足りないんですか」

「増えていて、足りていません」ミチルさんは言いました。「職業情報提供サイトにも、理学療法士の数は増加傾向にあるが依然として人材が不足している、と書かれています」

2045年 何がこの仕事を変えたか

2045年のリハビリの現場では、体の動きを測る作業が人の手から離れました。天井と壁のセンサーが、歩く速さ、左右のふらつき、関節の曲がる角度を、訓練の最中に数値にします。メジャーや角度計を当てて記録する時間は、ほとんど消えました。

記録も自動になりました。訓練中の会話と動きから診療記録の下書きができ、理学療法士は目を通して直すだけです。次の訓練メニューの案も、同じ病気で同じ年代の回復の記録から、AIが3つほど出してきます。

それでも、訓練そのものは人の手で行われています。理由は2つあります。

1つは、相手が毎回違う状態でやってくることです。同じ患者でも、前の晩の睡眠と本人の気分で体の張りが変わります。ロボットは決められた強さで押したり引いたりはできますが、押した瞬間の抵抗の返り方から「今日はここまで」と決める部分は、装置の側に渡っていません。

もう1つは、転ぶかもしれない人のそばに立つ仕事だからです。歩行の訓練は、支えを少しずつ外していく作業で、外すのが早すぎれば転倒し、遅すぎれば歩けるようになりません。この判断は、責任の所在ごと人間に残されました。

ある一日

宮原さつきは41歳。回復期のリハビリ病棟で18年働いています。

朝8時20分、更衣室を出る前に、腕の端末で担当の6人の夜間の記録に目を通します。1人だけ、夜中に2回起きて足元がふらついたとありました。センサーの数値では、歩行速度は前日と変わっていません。

9時。最初の訓練は、脳梗塞のあとで左半身が動きにくくなった72歳の男性です。AIが出した今日のメニューは、平行棒での歩行を20分、そのあと階段を1往復。さつきは画面を見てから、階段のほうを消しました。

「昨日、寝られてないですよね」

「よく分かるね」男性は笑いました。

平行棒のあいだを歩かせながら、さつきは男性の腰のうしろに手を添えています。触れてはいますが、体重は乗せさせていません。5歩目で、左の膝が内側に入りました。数値になるほどの傾きではありません。さつきは手のひらの位置を1センチだけ後ろにずらしました。

10時40分。別の患者の訓練の合間に、AIが作った診療記録の下書きを直します。訓練の内容は正しく書けていて、直すのは「本人が階段を怖がっていた」という1行だけです。この1行は、装置が拾えるところにありません。

午後2時。退院前のカンファレンスです。自宅の間取りの図面が開かれ、手すりを付ける位置の案をAIが3か所示しています。さつきはそのうちの1か所を動かしました。玄関の上がりかまちのところです。

「この方、靴を履くとき壁のほうを向くんです」さつきは言いました。「図面だと右が自然ですけど、体の向きが逆なので」

午後4時50分。最後の患者の訓練で、さつきは支えていた手を離しました。離すと決めていたわけではありません。相手の体重の乗り方が変わった瞬間に、手が離れていました。男性はそのまま3歩歩いて、自分で止まりました。

「いま、自分で止まりましたね」さつきは言いました。声が少し大きくなったことに、あとで気づきました。

消えた業務・残った業務

分類業務
AIに代替筋力と関節可動域の測定/歩行速度とふらつきの計測/診療記録の下書き/訓練メニューの案の作成/退院までの見通しの計算/電気刺激や温熱の機器の設定
AIと協働治療プログラムの決定/住宅改修と福祉用具の助言/看護師や介護福祉士への介助方法の指導/カンファレンスでの情報共有/訓練の効果の評価
人間に残る体に触れてその日の張りと痛みを確かめること/支えていた手をどこで離すかを決めること/転ぶ手前で体を受け止めること/怖がっている人にもう1歩を促すかどうかを決めること/退院後の暮らしを家族と一緒に描くこと

それでも人間がやる価値

この仕事の核心は、支えていた手を離す瞬間を決めることです。

訓練の目的は、手を添えて歩かせることではありません。手がなくても歩けるようにすることです。理学療法士は、自分の手を要らなくするために手を添えています。その最後の一押しは、数値が良くなったから離す、という順番では起きません。相手の体が「いける」と言っている瞬間に、こちらの手が先に離れます。

早く離せば転びます。遅く離せば、その人は自分の足を信じないまま退院します。どちらも数値には表れません。2045年になっても、この瞬間はロボットやAIに渡されませんでした。

2045年の年収

2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)

  • 装置が出す数値の意味を読み、退院後の暮らしまで設計できる層:620万円〜
  • 決められた訓練メニューの実施が中心の層:440万円前後
  • 参考・2026年の時点で公表されている平均:443.6万円(2025年〈令和7年〉賃金構造基本統計調査)

この連載では、人手が足りない職業の年収を「下支え型」と呼んでいます。仕事が装置に移っても、働き手が足りないので待遇が下に落ちにくい形です。理学療法士を下支え型とみたのは、2024年度(令和6年度)の有効求人倍率が4.53と1を大きく上回っているためです。

上に伸びる条件は、装置の出した案に手を入れられるかどうかです。センサーの数値と目の前の人の様子が食い違ったときに、どちらを採るかを決め、その結果に責任を持てる人が上の層に入ります。

この仕事を目指すきみへ

「大石さんの場合は、遠回りではないと思います」ミチルさんは言いました。

「介護の7年が、ですか」

「体を支えた回数が、もうあるからです」ミチルさんは言いました。「学校で習うのは、測り方と、体の仕組みと、責任の取り方です。触った感覚のほうは、教室では増えません」

「いまから積むといいものが、3つあります」ミチルさんは指を折りました。「1つ目は、同じ人を毎日見る習慣です。今日と昨日の違いに気づけるかどうかが、この仕事の入口になります。2つ目は、数字を読む力です。装置が出す歩行速度や角度の意味が分かる人だけが、装置の案に手を入れられます。3つ目は、体力の配分です。1日に6人から8人を担当して、その全部で相手の体重の一部を受けます」

「学校に行くお金は、どうすればいいでしょうか」

「そこは、この窓口の仕事です」ミチルさんは端末を引き寄せました。「その前に、1つだけ」

「大石さんが見た『その人が来る日だけ歩き方が変わる』は、2045年にもあります」ミチルさんは言いました。「そこは装置に渡っていません。渡っていないから、この仕事はまだ人手が足りていないんです」

【コラム】理学療法士になる道は1本ではありません

理学療法士になるには、養成校で3年以上学んで国家試験に合格する必要があります。ただし作業療法士の資格を持っている場合は、養成校で2年以上学べば受験資格が得られます。

資格を取ったあとも、日本理学療法士協会が認定理学療法士と専門理学療法士という制度を設けていて、7つの専門分野のうち1つ以上に登録して技術や研究の力を高める仕組みになっています。

働く場所は病院だけではありません。リハビリテーションセンターや老人保健施設のほか、プロスポーツチームに所属している人もいます。就業者のうち女性は約4割です。

この回のまとめ

  • 理学療法士のAI代替率は45%(編集部予測)
  • 平均年収は443.6万円、平均年齢36.2歳、労働時間は月157時間(2025年〈令和7年〉賃金構造基本統計調査)、就業者数20万2540人(2020年〈令和2年〉国勢調査)、有効求人倍率は4.53(2024年度〈令和6年度〉)
  • 測る仕事と書く仕事とメニューを組む仕事は装置とAIへ移り、支えていた手を離す瞬間を決める仕事が人間に残った
  • 2045年の年収は下支え型。装置の案に手を入れられる層は620万円〜、メニューの実施が中心の層は440万円前後
  • いまから積むとよいのは、同じ人を毎日見る習慣、数字を読む力、体力の配分

厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)理学療法士(PT)

※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。

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