※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
夕方、駅前の雑居ビルの2階にある仕事案内所に、作業ズボンのままの若い男が入ってきた。上着だけを着替えてきたらしく、袖に工場の名前が残っている。
「すみません、予約なしでも大丈夫ですか」
「もちろん。どうぞ」ミチルさんは席を勧めた。
男は藤井海斗と名乗った。26歳。食品工場のラインで4年働いているという。
「仕事は、続いてはいるんです」藤井は言った。「ただ、ラインの機械が去年また入れ替わって、僕の持ち場が半分になりました。次に入れ替わったら、たぶん全部なくなります」
「それで、次を探しに」
「手に職、っていうのを一度ちゃんと考えたくて。……溶接って、まだ人がやってるんですか」
ミチルさんは端末に職業名を打ち込んで、画面を藤井のほうへ向けた。
「この仕事、正直に言いますね」
2045年のAI代替率
(編集部予測)
55%
「半分以上が、もう人の手を離れています」ミチルさんは言った。「でも、残った45%は、ロボットやAIに渡せていません」
2026年 この仕事の現在地
溶接は、熱を使って金属をつなぐ仕事です。厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)は、溶接工の仕事を「熱を利用して金属材料を接合する溶接を行う」と説明しています。橋も、船も、工場の配管も、ビルの鉄骨も、つなぎ目のどこかを人が溶かして固めています。
2026年時点の数字を並べると、この仕事の輪郭が見えてきます。job tagによると、溶接工の平均年収は454.7万円、平均年齢は41.8歳、労働時間は月167時間です(いずれも2025年・令和7年賃金構造基本統計調査)。就業者数は16万3710人(2020年・令和2年国勢調査)。これは国勢調査の「金属溶接・溶断従事者」という区分の集計です。
そして、目を引くのが有効求人倍率です。2024年度(令和6年度)の数字で2.67。求職者1人に対して、2.67件の求人があるという意味です。溶接ロボットがこれだけ普及した時代に、溶接をする人は足りていません。
資格の入口は広く取られています。アーク溶接やガス溶接の作業には、法律で定められた講習の修了が必要ですが、これは学歴を問わず受けられます。その先に、溶接技能者や溶接管理技術者といった資格が階段状に並んでいます。
2045年 何がこの仕事を変えたか
2045年の工場から、人が溶接棒を握る場面はほとんど消えました。
同じ形のものを、同じ場所で、同じ条件でつなぐ作業は、アーム型のロボットが引き受けています。材料の厚みと種類を読み取れば、電流も速度も角度もAIが決めます。人が経験で覚えていた「勘」の部分は、数値になって共有されました。
検査も変わりました。溶接した部分の内部に空洞や割れがないかを調べる非破壊検査は、画像を撮った時点でAIが判定します。報告書は自動で仕上がります。ここまでが、AI代替率55%の中身です。
では、なぜ人が残ったのか。ロボットが苦手な領域が、はっきりしているからです。毎回条件が違う場所、狭い場所、高い場所、そして図面どおりに現物ができていない場所。工場の外にある溶接は、ほとんどこの条件に当てはまります。
2045年の建物や設備の多くは、2020年代までに造られたものです。造り直すより直して使うほうが安く、環境負荷も低い。補修の仕事が増え続けているのに、それをロボットに任せられない。この食い違いが、溶接工という職業を残しました。
ある一日
午前6時40分、白石陽介(38歳)は化学プラントの正門で入構の手続きを済ませた。今日は配管の補修が3か所。前の晩のうちに、担当区画の図面と過去の補修履歴は端末に入っている。
最初の1か所で、白石は10分ほどしゃがんで、配管の下側をのぞき込んでいる。
「図面だと、ここに支えがないことになってるんですよ」若い作業員に言った。「実際はある。誰かが後から足した。だから、この順番で溶かすと歪みます」
溶接には、熱で金属がわずかに動く癖があります。どこから、どの順で、どれだけ熱を入れるか。その組み立ては、現物を見てからでないと決まりません。
午前中の2か所は、支援ロボットのアームに任せた。白石は条件を入れ、途中で1回だけ止めて、溶けている面をのぞいた。「いい」と言って、また動かした。
午後の1か所は、人が入るのがやっとの隙間だった。白石は仰向けに寝転がって、上に向かって溶接した。溶けた金属が落ちてこない角度を、体の位置で作る。ロボットのアームは、この姿勢を取れません。
午後4時、検査のAIが3か所とも合格と出した。白石は報告書に一行だけ書き足した。「支持金物の追加あり。図面の更新を要す」。次に来る誰かのために、現物と図面の差を埋めておく。
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務 |
|---|---|
| AIに代替 | 工場内の直線・定型溶接/開先の計測と記録/溶接条件の設定/検査報告書の作成 |
| AIと協働 | ロボットの段取りと教示/溶接ロボットの異常検知への対応/欠陥の判定と手直し箇所の選定 |
| 人間に残る | 現場での補修溶接/狭い場所や高所での姿勢溶接/図面と現物のずれへの対応/溶接順序の組み立てと最終確認 |
それでも人間がやる価値
この仕事の核心は、一つに絞れます。図面と現物のずれを、その場で読み取ることです。
工場の中でロボットが速いのは、図面と現物が一致しているからです。外に出た瞬間、その前提は崩れます。50年前に建てられた設備には、誰がいつ足したのか分からない部品がついている。錆びて薄くなった鉄板の厚みは、図面のどこにも書かれていない。
溶接工がやっているのは、金属を溶かすことではなく、目の前の1本がどういう状態かを決めることです。決めてから、初めて溶かす。ロボットは決められた条件を正確に実行しますが、条件そのものを現物から起こすことは、2045年になってもできていません。
2045年の年収
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- ロボットの段取りと現場補修の両方を担う層:700万円〜
- 定型作業が中心で、現場対応の経験が浅い層:430万円前後
- 参考・2026年の平均:454.7万円(2025年・令和7年賃金構造基本統計調査)
この職業は、二極化ではなく「下支え型」で描くのが実態に近いと考えました。2024年度(令和6年度)の有効求人倍率が2.67と、人手不足がはっきりしているためです。人が足りない仕事では、下の層の待遇もそれほど下がりません。
代わりに、上乗せの幅が変わります。ロボットに段取りを教えられる人、現場で溶接順序を組み立てられる人、そして図面を直せる人。この3つが重なるほど、単価は上がります。逆に、決められた条件を実行するだけの作業は、そこがまさにロボットの得意分野です。
この仕事を目指すきみへ
入口は、いまも広いままです。講習を修了すれば作業には就けます。学歴も年齢も、あまり関係がありません。
ただし、入ってからの分かれ道は早い。工場の中だけで4年過ごした人と、外の現場に出た人とでは、身につくものが違います。
積んでおくとよい経験を3つ挙げます。1つ目は、直す仕事です。新しく作る現場より、古いものを直す現場のほうが、図面と現物のずれに出会えます。2つ目は、ロボットに教える側の経験です。条件を人に説明できる人だけが、機械にも説明できます。3つ目は、図面を読むことです。読めるだけでなく、違っていたときに直せると、代わりがいなくなります。
「機械に置き換わる仕事かどうかを、外側から心配しなくていいですよ」ミチルさんは端末を閉じながら言った。「置き換わらない部分に自分から近づけるかどうか。決められるのは、そちらのほうですから」
【コラム】溶接工の資格は「腕」を数字にする仕組み
溶接には、姿勢ごとに資格が分かれているという珍しい特徴があります。下向き、横向き、立向き、上向き。同じ材料でも、どの向きで溶接できるかが別の技量として評価されます。
理由は単純で、溶けた金属は重力で落ちるからです。上を向いて溶接すれば落ちてくるし、立向きでは垂れます。落とさずに仕上げるには、電流と手の動かし方を姿勢ごとに変える必要があります。
この「姿勢別」という考え方は、ロボットが入ってからも意味を失いませんでした。むしろ、ロボットが下向きの作業をほとんど引き受けたことで、人の資格は上向き・立向きの側に価値が寄っていきました。腕を数字にする仕組みが、そのまま人の残り方を示す地図になっています。
まとめ
AI代替率(編集部予測):55%。工場の中の定型溶接、開先の計測、検査記録の作成は、ロボットとAIに移りました。残ったのは、現場に出てからの仕事です。図面と現物のずれを読み、溶接の順序を組み立て、ロボットが入れない姿勢で1本を仕上げる。2045年の溶接工は、金属をつなぐ人であると同時に、現物を読んで条件を決める人になっています。
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


