※本記事は実在の金利データにもとづき、家計への影響をリアルに再現したシミュレーション・ストーリーです。登場する世帯・人物は架空です。
住宅ローンの返済額が上がっていなければ、金利が上がっても自分には関係ないように見えます。
ところが、変動金利で借りた人の毎月の返済額は、多くの場合、金利が上がってもすぐには変わらない仕組みになっています。返済額が変わらないまま、その中身だけが静かに入れ替わっていきます。今回は、日本銀行がマイナス金利政策を解除した2024年に、同じ分譲地で同じ金額を借りた2つの家族の2年余りを追います。
分かれ道は2024年6月だった
桜井大輔(36歳)と中川涼太(33歳)が住宅の契約をしたのは、どちらも2024年6月でした。同じ分譲地の隣り合う区画、同じ間取り、価格も同じ4800万円。頭金600万円を入れて4200万円を35年で借りるところまで一緒でした。
違ったのは、その3か月前のニュースをどう受け止めたかです。
2024年3月、日本銀行がマイナス金利政策の解除を決めました。大輔のスマートフォンにも、「金利が上がる」という見出しが連日届いた春でした。
桜井大輔は、妻の桜井美咲(34歳)と長男が2歳になったばかりの生活を考えて、全期間固定金利のフラット35を選びました。2024年6月のフラット35の最低金利(返済期間21年以上35年以下・融資率9割以下・新機構団信付き)は1.85%。本記事では、桜井家はこの金利で借りたものとします。毎月の返済額は13万5919円です。
「35年間ずっとこの額なら、この先いくら金利が上がっても家計の計画は崩れない」
一方の中川涼太は、妻の中川ひかり(32歳)と生後半年の長女を抱えて、変動金利を選びました。適用金利は0.375%(編集部設定)。毎月の返済額は10万6722円でした。
「差は毎月2万9197円。年間でおよそ35万円です。保育料も車のローンもあるいまの時期に、この差は大きい」
どちらの判断にも理由がありました。そして借りた直後の時点では、中川家の選択は二重の意味で有利に見えていました。
中川家は返済額が少なく 元本の減りは速かった
住宅ローンの毎月の返済額は、利息の支払い分と、元本(借りたお金そのもの)の返済分に分かれています。同じ返済額でも、金利が低いほど利息の支払い分が小さくなり、その分だけ元本が多く減ります。
借りた直後の2024年7月の内訳はこうでした。
桜井家は13万5919円のうち、利息が6万4750円、元本の返済に回るのが7万1169円。中川家は10万6722円のうち、利息はわずか1万3125円で、元本の返済に回るのが9万3597円です。
中川家は毎月2万9197円少なく払いながら、元本は月2万2428円多く減らしていました。少なく払って、速く減らす。当時の変動金利には、そういう強さがありました。
2年後 返済額は1円も変わっていない
そして2026年8月。中川家の返済額は、10万6722円のままです。借入時から1円も変わっていません。
この間、日本銀行は4回の利上げを行い、政策金利は約1%まで上がりました。本記事の設定では、中川家の適用金利も0.375%から1.025%へ上がったものとしています。それでも、毎月引き落とされる金額は同じでした。
変わっていたのは、その中身です。
返済の記録

利息の支払い分が、1万3125円から3万4116円へと2.6倍になっていました。返済額は同じですから、増えた利息の分だけ、元本の返済に回る金額が削られます。9万3597円あった元本の返済分は、7万2606円まで減っていました。
そして2026年3月、それまで一度も起きなかったことが起きています。中川家の元本の減り方が、桜井家を下回りました。固定金利の桜井家は元利均等返済の性質上、返済が進むにつれて元本の返済分が少しずつ増えていきます。2026年3月に7万3396円まで増えた桜井家に対し、中川家は7万2297円まで落ちていました。
毎月2万9000円ほど少なく払っている中川家の元本の減りが遅いこと自体は、当然ともいえます。ただ、借入当初は逆でした。中川家が「少なく払って、速く減らす」状態から「少なく払って、遅く減る」状態に変わったこと。それが2年間で起きた変化です。通帳の引き落とし額だけを見ていると、この変化は最後まで見えません。
5年ルールが守っているのは返済額であって元本ではない
金利が上がったのに返済額が変わらなかったのは、多くの銀行が変動金利かつ元利均等返済の住宅ローンに設けている「5年ルール」があるためです。
変動金利の適用金利そのものは、半年に1回のペースで見直されるのが一般的です。ただし毎月の返済額は5年間据え置き、その間は金利が変わっても同じ金額を払い続けます。本記事では、多くの銀行の説明にある「10月1日を1回経過するごとに1年と数える」方式にならい、中川家の返済額の見直しを2029年10月と設定しました(5年ルール・125%ルールの有無や、見直しの基準日・新しい返済額の適用時期は、金融機関・商品・返済方式によって異なります)。
このルールは、金利が上がってもすぐに家計が苦しくならないようにするための仕組みです。ただし、ここで押さえておきたいことが1つあります。
据え置かれているのは毎月の返済額であって、支払う利息そのものではありません。金利が上がれば利息は上がります。返済額が固定されている以上、増えた利息は元本の返済分を削る形で吸収されます。つまり、この間に上がった金利の負担は、消えているのではなく、減らなかった元本という形で先送りされています。
住宅金融支援機構は、金利変動のリスクについて、生命のリスクや火災のリスクと違って保険ではカバーできないものだと説明しています。変動金利は、その変動の影響を借り手が引き受ける代わりに金利が低く設定されている商品です。5年ルールは、金利上昇が毎月の返済額に反映されるタイミングを遅らせる仕組みです。利息と元本の内訳には、先に影響が出ます。
なお、金利がさらに上昇して利息が毎月の返済額を超えると、元本が減らないどころか、払いきれない利息(未払利息)が発生します。中川家の2026年8月時点の残高と返済額で計算すると、そのラインは適用金利で3.21%です(2026年8月時点の残高で計算した値で、残高が変わればこの水準も変わります)。本記事で設定した現在の1.025%からはまだ距離がありますが、返済額が変わらないことと、負担が増えていないことは別だという点は、この仕組みの本質にあたります。
2029年に何が起きるか
中川家の返済額が見直されるのは、本記事の設定では2029年10月です。ここから先は編集部の想定にもとづく試算になります。
2026年9月に適用金利が1.275%に上がり、その後は据え置かれたと仮定します。この場合、2029年10月からの返済額は12万6078円となり、いまより1万9356円増える計算です。上昇率にすると約18.1%です。
多くの変動金利には、見直し後の返済額を直前の1.25倍までに抑える「125%ルール」もあります。今回の想定では上限の13万3402円には届かないため、このルールは働きません。
一方の桜井家は、2029年も、その先も、最終回の精算を除き13万5919円のままです。2026年7月のフラット35の最低金利(借入期間21年以上35年以下・融資率9割以下・新機構団信付き)は3.140%まで上がっています。桜井家の1.85%は、いま同じ条件で借りる場合の最低金利より1.29ポイント低い水準です。
ただし、桜井家はこの26回の返済(2024年7月〜2026年8月)で、中川家より累計75万9122円多く払っています。中川家に積み上がったこの差がこの先も残るかどうかは、2029年以降の金利次第です。
試算条件
- 借入額4200万円・借入期間35年・元利均等返済・ボーナス返済なし・2024年6月借入(初回返済は2024年7月。両世帯共通)
- 全期間固定:年1.85%(2024年6月のフラット35の最低金利。借入期間21年以上35年以下・融資率9割以下・新機構団信付き)
- 変動:借入時の適用金利は年0.375%。店頭金利(基準金利)から1.85〜2.1ポイント程度の優遇を受けた場合を想定した編集部設定
- 変動の適用金利の推移(編集部設定):0.375%→0.525%(2024年10月)→0.775%(2025年4月)→1.025%(2026年3月)→1.275%(2026年9月)
- 5年ルール(返済額は5年間据え置き)・125%ルール(見直し後の返済額は直前の1.25倍まで)を適用。見直しの時期は「10月1日を1回経過するごとに1年と数える」方式にならい2029年10月と設定(編集部設定。実際の基準日や新しい返済額の適用時期は金融機関・商品により異なります)
- 毎月の利息の計算で1円未満の端数が出た場合は切り捨て。毎月返済額の計算で1円未満の端数が出た場合は四捨五入。最終回は残元本とその月の利息を合算して精算
- 2026年9月以降の金利と2029年10月の見直し後の返済額は、上記の想定にもとづく試算であり、将来の金利を予測するものではありません
同じ2年を過ごした2つの家
2026年の夏、2つの家の通帳に並ぶ数字は、2024年の夏と同じです。桜井家は13万5919円、中川家は10万6722円。表面上は何も変わっていません。
変わったのは、その内側でした。桜井家のローン残高は4011万3494円、中川家は3986万8816円。まだ中川家のほうが24万4678円少なく、この時点では中川家が先を行っています。ただ、残高の差は2026年2月の25万2049円をピークに、3月以降は縮小が続いています。
本記事で比較したのは、毎月の返済額と利息・元本の内訳、ローン残高、期間中の累計返済額です。この範囲でも、固定と変動のどちらが有利だったかは、まだ決まっていません。中川家の本当の答え合わせは、返済額が見直される2029年の秋に始まります。
ご自身が変動金利で借りている場合は、返済予定表か金融機関のアプリで、毎月の返済額のうち利息がいくらで元本がいくらかを一度確認してみてください(5年ルール・125%ルールの有無や見直しの時期は、金融機関・商品・返済方式によって異なります)。返済額が変わっていなくても、その内訳は変わっているかもしれません。
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