※本記事は実在の金利データにもとづき、家計への影響をリアルに再現したシミュレーション・ストーリーです。登場する世帯・人物は架空です。
住宅ローンを借りるとき、固定か変動かは大きな分かれ道です。2016年の夏、同じ分譲地で同じ金額を借りた2つの家族は、その分かれ道で別々の答えを出しました。
10年たったいま、2つの家の返済表には差が生まれています。そして2026年10月、毎月のローン返済額で見た2つの家の立場が、初めて入れ替わろうとしています。
2016年8月 分かれ道の日
佐野航平(38歳)が郊外の分譲地に建売住宅を契約したのは、2016年8月のことでした。物件価格は4200万円。頭金700万円を入れ、3500万円を35年返済で借りることにしました。
その年の2月、日本銀行はマイナス金利政策を始めていました。住宅ローンの金利は歴史的な低さで、全期間固定型のフラット35の最低金利はこの8月、0.90%まで下がります(返済期間21年以上35年以下・融資率9割以下)。
「35年間、1円も変わらないんですよね」
銀行の相談窓口で、航平は何度も確認しました。妻の佐野真紀(36歳)と暮らす長女は、このとき5歳。教育費が重くなる時期に返済額が上がるのだけは避けたいというのが、夫婦の一致した考えでした。毎月のローン返済額は9万7177円。
ひとつだけ、窓口で念を押されたことがあります。当時のフラット35は、団体信用生命保険(団信)の保険料にあたる特約料を、ローンの返済とは別に年1回払う方式でした。借入直後の1年分はおよそ12万円。「万一のときの保険料だと思えば」と、航平は納得して判を押しました。
同じ週、隣の区画を契約したのが三浦健太(37歳)でした。借入額は偶然にも同じ3500万円の35年返済。健太が選んだのは変動金利です。
「いまは変動を選ぶ方も多いですよ」
営業担当の言葉に、迷いはあまりありませんでした。適用金利は0.625%(編集部設定)。毎月の返済額は9万2802円で、佐野家のローン返済額より4375円安い計算です。銀行の住宅ローンは団信の保険料が金利に含まれているのが一般的で、三浦家に別払いの保険料はありません。妻の三浦理恵(35歳)は「その分、子どもの積立に回せるね」と笑いました。長男は3歳でした。
どちらの判断も、この時点では十分に合理的でした。誰も間違えてはいません。ただ、選んだ道が違っただけです。
10年間は変動が安かった
本記事の試算では、三浦家の適用金利を2016年8月から2024年9月まで0.625%に据え置いています。2021年10月には「5年ルール」による最初の返済額見直しがありましたが、金利が変わっていないため、返済額は9万2801円とほぼそのままでした。
「お宅、固定でしたっけ」
「ええ。うちは臆病なので」
「うちは変動です。正直、ずっと得な気がして、逆に落ち着かないですよ」
引き渡しから数年たったころ、ごみ集積所の掃除当番で一緒になった健太と航平は、そんな立ち話をしたことがあります。実際、数字は健太の言うとおりでした。毎月のローン返済額の差は4375円。年にすれば約5万円。これに佐野家が毎年払う団信特約料が重なります。10年間のローン返済額の合計では、三浦家のほうが52万5059円少なくて済んでいます。
風向きが変わったのは2024年でした。日本銀行が17年ぶりの利上げに踏み切り、以後、政策金利は段階的に引き上げられていきます。2026年6月16日には1.0%程度となりました。これは約31年ぶりの水準です。
多くの銀行では、変動金利の基準金利を、この政策金利と連動しやすい「短期プライムレート」などを参考に決めています。本記事の試算でも、三浦家の適用金利は2024年の秋から階段を上るように設定しました。0.625%だった金利は、2026年には1.275%。借りたときの2倍を超えています。
それでも、三浦家の毎月の返済額は9万2801円のまま変わっていません。5年ルールがあるからです。
「返済額、上がってないから大丈夫だよね」
2026年の春、利上げのニュースを見た理恵が健太に聞きました。健太は返済予定表を開いて、しばらく黙りました。毎月の返済額は同じなのに、その中身がまるで違うものになっていたのです。
返済の記録:佐野家(全期間固定)と三浦家(変動)

毎月の返済額は同じでも 中身が削られていた
三浦家の返済額9万2801円の内訳を見ると、2024年9月は利息1万4406円・元本7万8395円でした。それが2026年8月には利息2万7665円・元本6万5136円。利息は約1.9倍にふくらみ、そのぶん元本の減りは毎月1万3000円以上遅くなっています。
5年ルールは「返済額を5年間変えない」仕組みであって、「負担を5年間増やさない」仕組みではありません。増えた利息は、元本の減りの遅れという形で、静かに積み上がっていきます。
一方の佐野家は、10年前と同じ9万7177円を払い続けています。利息と元本の内訳も、契約時の予定表のとおりです。ローン残高で見ると、2026年8月時点で三浦家が佐野家より約12万円少ないところまで、差は縮まっています。
この秋 何が起きるのか
そして2026年10月。三浦家に、2回目の5年ルールの見直しがやってきます。
見直しでは、その時点のローン残高と残りの期間、その時点の金利で、毎月の返済額を計算し直します。三菱UFJ銀行は、2026年6月16日発表の短期プライムレートの引き上げを受け、2026年9月1日に住宅ローンの変動金利の基準金利を見直すと発表しています。本記事の試算では、これを参考に三浦家の適用金利を10月から1.525%と設定しました(編集部設定)。
計算し直した三浦家の新しい返済額は、10万4205円。これまでより月1万1404円の増加です。
そしてこの金額は、隣の佐野家のローン返済額9万7177円を、10年目にして初めて上回ります。その差、月7028円。
「うち、佐野さんの家より高くなるんだ」
銀行のシミュレーション画面をふたりでのぞき込みながら、理恵がつぶやきました。10年間ずっと安いほうだった変動の返済額が隣の固定より高くなるという事実は、三浦家の夫婦にとって小さくない出来事でした。
団信まで含めるとどうなるか(参考試算)
ここまでの比較は、毎月のローン返済額だけを見たものです。実際の家計では、佐野家が毎年払ってきた団信特約料が加わります。
この特約料について本記事では、住宅金融支援機構が現在提供している2017年9月30日以前申込者向けの機構団信特約料シミュレーターの「めやす」(2026年8月時点の特約料率。借入3500万円・35年・年0.90%で初年度12万1800円・35年総額229万1100円)を使用しています。当時から各年に実際に支払われた特約料を完全に再現したものではありません。
この参考試算で家計からの支出を合計すると、10年間では三浦家のほうが約161万円少なくなります。ローン返済額だけの差(52万5059円)より、ずっと大きな差です。そして団信まで含めた年間の負担で見ると、この秋の逆転のあとも、しばらくは三浦家のほうが下のままです。
「毎月のローン返済額」と「団信まで含めた家計の負担」。どちらで見るかによって、逆転の景色は変わります。
分かれ道はまだ終わっていない
では、完済までの合計ではどうなるのでしょうか。団信込みの参考試算で見てみます。
仮にこの先の金利がまったく動かなければ、完済までの負担の合計は三浦家が約4239万円、佐野家が約4311万円。トータルでは、なお三浦家が約72万円少ない計算です。最初の10年の貯金が、それだけ効いています。
一方、今後も利上げが続いた場合はどうでしょうか。編集部の想定として、2027年4月と2028年4月にそれぞれ0.25%ずつ適用金利が上がった場合(最終2.025%)を試算すると、三浦家の合計は約4418万円となり、今度は佐野家を約107万円上回ります。
この先1.525%のまま止まれば約72万円少なく、2027年4月と2028年4月に0.25%ずつ上がる想定なら約107万円多い。10年たっても、2つの家の分かれ道はまだ終わっていないのです。
変動金利を利用している方は、ご自身の返済予定表で同じことを確認できます。自分のローンに5年ルールがあるかどうか(金融機関・商品によっては5年ルールや125%ルールが適用されない場合もあります)、次の見直しはいつか、いまの利息と元本の内訳はどうなっているか。この機会に一度、確認してみてください。判断はご自身の契約条件や手数料をご確認のうえで行ってください。
試算条件
- 比較の軸:本文の主な比較は「毎月のローン返済額」です。団信特約料を含む家計負担は「参考試算」として区別しています
- 共通:借入額3500万円・返済期間35年(420回)・元利均等返済・ボーナス返済なし・2016年8月借入・初回返済は2016年9月。毎月の利息の計算で1円未満の端数が出た場合は切り捨て。毎月返済額の計算で1円未満の端数が出た場合は四捨五入。最終回は残元本とその月の利息を合算して精算
- 佐野家(全期間固定):年0.90%で固定(2016年8月のフラット35最低金利〈返済期間21年以上35年以下・融資率9割以下〉。団体信用生命保険の特約料は別払い)
- 佐野家の団信特約料:住宅金融支援機構の2017年9月30日以前申込者向け機構団信特約料シミュレーターによる「めやす」(2026年8月時点の特約料率で取得。初年度12万1800円・35年総額229万1100円)。1年目の実際の特約料は当時の早見表によるため、この「めやす」と異なる場合があります
- 三浦家(変動):店頭金利から一律1.85ポイントを引き下げた金利を適用と設定(編集部設定)
- 三浦家の適用金利の推移:2016年8月〜2024年9月0.625%、2024年10月〜2025年3月0.775%、2025年4月〜2026年2月1.025%、2026年3月〜2026年9月1.275%、2026年10月以降1.525%と設定(大手銀行の基準金利改定の時期・幅を参考にした編集部設定。実際の反映時期は銀行・契約により異なります)
- 5年ルールの見直しは10月1日基準で5年ごと(2021年10月・2026年10月。以後2031年10月・2036年10月も同様)、125%ルールありと設定
- 2026年10月以降の金利はすべて編集部の想定であり、将来の予測ではありません
リファレンス
- 【フラット35】お借入金利の推移(平成28年4月から平成29年9月まで)(住宅金融支援機構)
- 機構団信特約料シミュレーション(住宅金融支援機構)
- 日本銀行「金融市場調節方針の変更について」(2026年6月16日)
- 日本銀行「金融政策に関する決定事項等 2026年」
- 三菱UFJ銀行「【住宅ローン】変動金利の基準金利見直しについて」
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