「養育費はちゃんと払う」の口約束が3か月で止まった 離婚後の42歳母と子2人の家計

止まった養育費の振込 法定養育費20,000円の現実 転落家族

※本記事は公的統計データに基づき、現代の家計事情をリアルに再現したシミュレーション・ストーリーです。

「養育費は、ちゃんと払うから」。その言葉を信じて、篠原美穂さん(42)は書面を作らないまま離婚届を出しました。2026年4月1日に施行された改正民法は、こうした「取り決めなしの離婚」に、法定養育費という新しい仕組みを用意しています。ただしその額は子1人あたり月額20,000円。振込が止まった3か月目、美穂さんの家計に何が起きたのかを、リアル家計簿とともに追います。

「書面なんて大げさだろ」で終わった話し合い

結婚14年目の春でした。夫(44)は営業職で、帰りは遅く、休日出勤も増えていきました。会話が減り、すれ違いが積み重なり、離婚の話し合いが始まったのは2026年の年明けです。

美穂さんはスーパーのレジで扶養の範囲内のパートをしながら、長女の結衣(中学1年)と長男の悠真(小学3年)を育ててきました。結衣は英語が好きで、「高校は英語科に行きたい」と言っています。そのために春から週2回の塾に通い始めたばかりでした。

話し合いは、いつも夜中でした。

「養育費、どうするの。公正証書を作ったほうがいいって聞いたけど」

「ちゃんと払うよ。月40,000円は入れる。書面なんて大げさだろ」

これ以上この人と向き合っていたくない。早く終わらせたい。美穂さんはその一心で、うなずいてしまいました。

厚生労働省の「令和3年度(2021年度)全国ひとり親世帯等調査」によると、養育費の取り決めをしている母子世帯は46.7%と半数以下にとどまります。取り決めをしていない理由で最も多いのは「相手と関わりたくない」の34.5%。美穂さんの選択は、決して珍しいものではありません。

離婚届を出したのは2026年4月。子ども2人の親権は美穂さんが持ち、市内の賃貸2LDKに引っ越しました。

3か月目、通帳の数字が変わらなかった

4月末、約束どおり40,000円が振り込まれました。5月末は、3日遅れで40,000円。そして6月末。何度通帳アプリを更新しても、数字は変わりませんでした。

「入金の予定、確認してもらえる?」と送ったメッセージは、既読のまま返信がありません。7月に入っても、振込はないままです。

たかが40,000円。そう思おうとしても、無理でした。40,000円は、結衣の塾代と悠真のスイミング、そして食費の一部です。家計簿のどこを削ればいいのか、レシートを並べて考える夜が続きました。

「ママ、塾、やめようか」

夕食のとき、結衣がぽつりと言いました。

「やめなくていい。それはお母さんがなんとかする」

そう答えながら、美穂さんは自分の声が少し震えているのがわかりました。

転機は、市役所の窓口でした。児童扶養手当の手続きで訪れた美穂さんに、職員がこう教えてくれたのです。

「2026年4月1日以降に離婚された方は、養育費の取り決めをしていなくても、『法定養育費』を請求できるようになったんですよ」

2026年4月から変わった養育費のルール

2024年5月に成立した民法等改正法が、2026年4月1日に施行されました。離婚後の共同親権の導入で注目された改正ですが、養育費の支払確保に関わる見直しも大きな柱です。法務省の解説パンフレットに沿って整理します。

  • 法定養育費の新設:2026年4月1日以降に、養育費の取り決めをしないまま離婚した場合、子どもの監護を主に行う親は、他方の親に子1人あたり月額20,000円を請求できます。離婚の日から発生し、毎月末が支払期限。父母が取り決めをした日、家庭裁判所の審判が確定した日、子どもが18歳に達した日のいずれか早い日まで続きます
  • 支払われないときは差押えも:法定養育費が支払われない場合、差押えの手続を申し立てることができます。改正により、1回の申立てで「財産開示→給与情報の提供命令→給与の差押え」という一連の手続を進められるようになりました
  • 取り決めがある場合も強化:養育費債権に「先取特権」という優先権が付与され、公正証書などの債務名義がなくても、父母間で作成した文書に基づいて差押えを申し立てられるようになりました(先取特権の上限は子1人あたり月額80,000円)
  • 財産分与の請求期間も延長:離婚後2年から5年に延びました

注意したいのは、法定養育費が適用されるのは2026年4月1日以降に離婚したケースのみだという点です。また、支払う側が生活保護を受けているなど、支払能力を欠くことを証明したときは、全部または一部の支払を拒むことができます。

そして何より、法定養育費はあくまで「取り決めができるまでの暫定的・補充的な制度」です。月額20,000円という金額は、最低限の安全網にすぎません。

リアル家計簿:篠原家(母42歳・子2人)

離婚を機に、美穂さんはパートを週5日に増やしました。扶養を気にする必要はなくなりましたが、収入の柱は今も時給のパート収入です。7月の家計簿です。

収入

  • パート収入(スーパーのレジ・週5日):118,000円
  • 児童扶養手当(子2人・全部支給・月額換算):59,400円
  • 児童手当(中学1年と小学3年の2人分・月額換算):20,000円
  • 法定養育費(子2人分・入金があった場合):40,000円
  • 収入合計:237,400円

固定費

  • 家賃(賃貸2LDK):67,000円
  • 水道光熱費(電気・ガス・水道):21,000円
  • 通信費(スマホ2台・自宅Wi-Fi):11,000円
  • 保険(美穂さんの医療保険・収入保障保険):8,000円
  • 固定費小計:107,000円

変動費

  • 食費(育ち盛り2人・弁当持参):58,000円
  • 日用品・被服費:12,000円
  • 結衣の塾代(週2回・英語と数学):18,000円
  • 悠真のスイミング:7,000円
  • 交通費・医療費ほか:8,000円
  • 変動費小計:103,000円

特別費(年間支出の月割り)

  • 制服・部活用品・学用品(年間約60,000円の月割り):5,000円
  • 帰省・冠婚葬祭(年間約84,000円の月割り):7,000円
  • 家電・自転車の買い替え(年間約60,000円の月割り):5,000円
  • 特別費小計:17,000円

貯蓄

  • 結衣の高校進学用の積立:10,000円

支出合計:237,000円
収支:+400円

児童扶養手当は年6回に分けて、児童手当は偶数月にまとめて支給されるため、いずれも月額に換算しています。2026年4月分からの児童扶養手当は、全部支給で子1人目が48,050円、2人目は11,350円の加算です。

数字の上では、黒字額400円。ただしこれは、法定養育費の40,000円が「入金された場合」の家計です。振込がなければ、収支はマイナス39,600円に一変します。結衣の積立をやめても、まだ29,600円足りません。美穂さんの毎月は、元夫の振込ひとつに揺さぶられ続けているのです。

同調査では、母子世帯の母自身の平均年間就労収入は2,360,000円。美穂さんのパート収入は年換算で約1,416,000円ですから、平均を下回ります。そして養育費の額が決まっている母子世帯でも平均月額は50,485円、「現在も受けている」世帯は28.1%にとどまります。

「暫定的な制度」という但し書きの意味

市役所からの帰り道、美穂さんは「養育費・親子交流相談支援センター」(こども家庭庁の委託事業)に電話をかけました。法定養育費の請求と並行して、正式な養育費の取り決めに向けた準備を始めるためです。改正では、家庭裁判所が父母に収入情報の開示を命じられるようになり、「相手の収入がわからないから決められない」という壁も低くなりました。

「英語科、あきらめてないから」

寝る前に、結衣が言いました。あきらめさせないのは、お母さんの仕事。美穂さんは、そう自分に言い聞かせています。

法定養育費は、取り決めをしないまま離婚してしまった親子にとって、確かな前進です。ただし月額20,000円は、あくまで「正式な取り決めまでのつなぎ」の金額です。これから離婚を考える人は、感情的にどれほど難しくても、収入に応じた適正額の取り決めを、できれば文書で残すことが何よりの防御になります。話し合いが難しいときは、法テラスや養育費・親子交流相談支援センター、自治体のひとり親支援窓口が相談に応じています。

リファレンス

※本連載はフィクションです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。

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