※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
駅前の雑居ビルの2階に、仕事案内所がある。夏の午後、自動ドアが開いて、制服姿の女子生徒が入ってきた。手にはスマートフォンではなく、折りたたんだ紙を持っている。
「あの、予約とか、いりますか」
「いりませんよ。どうぞ、座ってください」ミチルさんは、ブースの椅子を引いた。
原田さくら(17歳)は、紙を膝の上でもう一度たたみ直した。
「学校の進路の課題で、なりたい仕事について調べることになっていて。……調べたら、その、もう機械がやっていると書いてあって」
「何になりたいんですか」
「アナウンサーです」さくらは言った。「小学生のとき、地震で学校に泊まったことがあって。ラジオでずっと話してくれる人がいたんです。それで」
ミチルさんは少しの間、うなずいていた。
「この仕事、正直に言いますね」
2045年時点のAI代替率
(編集部予測)
65%
「業務の量でいえば、3分の2ちかくは、もう人間の手を離れました。でも、さくらさんが聞いていたあの声は、残っているほうに入っています」
2026年 この仕事の現在地
2026年のアナウンサーは、テレビ局やラジオ局に所属して、ニュースを読み、番組を進行し、中継先で実況をする仕事です。放送局の社員として働く人だけでなく、事務所に所属する人、個人で仕事を受ける人も多く含まれます。
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)によると、アナウンサーの平均年収は583.3万円、平均年齢は41.7歳、月あたりの労働時間は158時間です(2025年・令和7年賃金構造基本統計調査)。
この職業の特徴は、働き方の内訳にあります。job tagの就業者アンケートでは、この職業で多いと感じる働き方として、自営・フリーランスが73.1%、正規の職員・従業員が23.1%挙げられています(複数回答のため、選択肢の合計は100%を超えます)。会社員として定年まで勤める職業というより、個人で仕事を受け続ける職業に近い形です。
もうひとつの特徴が、求人の少なさです。有効求人倍率は0.43でした(2024年度・令和6年度)。求職者の数に対して、求人はその半分に届きません。狭き門であることは、2026年の時点ですでに数字に出ています。
2045年 何がこの仕事を変えたか
2045年、合成音声は人間の声と聞き分けられない水準に達しています。原稿を渡せば、性別も年齢も方言のなまりも指定どおりに読み上げ、間の取り方まで整えます。深夜の定時ニュース、天気予報、交通情報、番組のナレーションは、ほとんどが人間の声を必要としなくなりました。
字幕とテロップの作成、録音した音の大きさや雑音を整える整音(せいおん)も自動化されています。原稿の下書きも、取材メモを渡せば数秒で仕上がります。
それでも放送が消えなかったのは、法律と社会の側の事情があります。医療や金融と同じように、放送でも「AIの判断に対する人間の最終承認」が求められるようになりました。何を伝え、何を伝えないかを決めた責任者が誰なのかを、はっきりさせておく必要があるからです。
さらに、音声も映像も自由に作れるようになった結果、「これは人間が現場で見て話したものだ」という証明そのものに価値が生まれました。合成された声があふれるほど、生身の人間が現場に立って話すことの意味が濃くなっていったのです。
ある一日
桐生あかり(32歳)は、地方局のアナウンサーです。朝5時に局に入り、その日の定時ニュースの原稿に目を通します。読むのは合成音声ですが、読ませてよいかどうかを決めるのは、あかりの仕事です。
この日は、前夜からの大雨で、県内の3つの川が警戒水位に近づいていました。あかりは原稿の1行を書き換えます。「氾濫のおそれ」を「今のうちに、明るいうちに動いてください」に変えました。合成音声はこの1行も、指定どおりに読み上げます。
昼過ぎ、あかりは中継車で川の近くへ向かいました。堤防の上に立ち、カメラの前で話します。台本はありません。水がどこまで来ているか、道路がどうなっているか、その場で見たものを言葉にしていきます。
放送の途中、上流のダムの放流が決まったという連絡が入りました。あかりはイヤホンの情報を聞きながら、目の前の景色と突き合わせ、言い方を選びました。強く言えば人は動きますが、強すぎれば道路が混みます。
夕方、局に戻ると、視聴者からの問い合わせが数十件届いていました。「あの橋は渡れますか」「うちの地区は入っていますか」。合成音声には答えられない質問ばかりです。あかりは1件ずつ、地図を見ながら答えていきました。
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務 |
|---|---|
| AIに代替 | 収録ナレーションの読み上げ/定時ニュースの読み上げ/字幕とテロップの作成/原稿の下書き/整音 |
| AIと協働 | 取材先の下調べ/原稿の推敲/発音とアクセントの確認/過去の映像や音源の検索 |
| 人間に残る | 中継先での実況/想定外の事態が起きたときの生放送/取材相手への質問/読み上げる内容の最終確認/災害時の呼びかけ |
それでも人間がやる価値
この仕事の核心は、その場に立って、言葉を選ぶことです。
原稿を読むだけなら、2045年の合成音声のほうが正確で、疲れも間違いもありません。人間に残ったのは、原稿がまだない場面です。何が起きているのかが確定していない現場で、見えたものだけを頼りに、どの言葉を使うかを決める。強すぎず、弱すぎず、聞いた人が次の一歩を踏み出せる言い方を探す。
これは伝える技術というより、引き受ける仕事です。その言葉を選んだのは自分だと、あとから言える人がいる。だから、聞いた人はその声を信じられます。信じられる声でなければ、災害の夜に人は動きません。
2045年の年収
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
・AIを使う側に回り、現場と発信の両方を持つ層:800万円〜
・読み上げ業務が代替され、雇用枠が縮小した層:350万円前後
・参考・2026年の平均:583.3万円(賃金構造基本統計調査)
2045年のアナウンサーの年収は、二極化します。分かれ目は、名前で仕事が来るかどうかです。
現場に立って自分の言葉で話せる人、自分の番組や配信を持って直接聞き手とつながっている人には、局の枠を超えて仕事が集まります。2026年の時点ですでに7割を超えていた自営・フリーランスの比率は、2045年にはさらに高まり、上限のない働き方が広がりました。
一方、原稿を正確に読む力だけを持ち味にしてきた層は、合成音声と同じ土俵に立たされます。求人はさらに減り、単発の仕事をつなぐ働き方になりました。2024年度(令和6年度)に0.43だった有効求人倍率は、この層にとってさらに厳しい数字になっています。
この仕事を目指すきみへ
いま積んでおくとよいのは、読む練習よりも、見る練習です。
学校の行事でも、住んでいる町の祭りでもかまいません。その場に行って、何が起きているかを自分の目で見て、あとから誰かに説明してみる。うまく説明できなかった部分が、そのまま自分に足りないものです。
進路としては、放送に関する学部だけが道ではありません。地理でも、防災でも、スポーツでも、何かひとつ「詳しい分野」を持っている人は強くなります。2045年の現場では、正しく読める人より、何が起きているのか分かる人が必要とされるからです。
「アナウンサーになりたいと思ったのが、地震の夜だったんですよね」ミチルさんは、机の上の資料をそろえながら言いました。「その理由なら、たぶん、機械には取られませんよ」
【コラム】有効求人倍率0.43という数字
有効求人倍率は、仕事を探している人1人に対して、求人が何件あるかを示す数字です。1.0を超えていれば求人のほうが多く、下回っていれば求職者のほうが多い状態を意味します。
job tagが示すアナウンサーの有効求人倍率は0.43でした(2024年度・令和6年度)。求職者100人に対して、求人はおよそ43件という計算になります。狭き門であることを、この数字は率直に示しています。ただし、自営・フリーランスが7割を超える職業のため、求人票を通らない仕事も多く、この数字だけで仕事の量が決まるわけではありません。
まとめ
2045年のアナウンサーは、AI代替率(編集部予測)65%。原稿を読む仕事は合成音声に移り、残ったのは、原稿がまだない現場で言葉を選ぶ仕事でした。年収は、名前で仕事が来る層と、読む作業だけが残った層に分かれます。
目指す人に必要なのは、きれいに読む力より、その場で何が起きているかを分かる力です。
厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)「アナウンサー」
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


