※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
日曜の夕方、仕事案内所のドアが半分だけ開いて、そのまま止まりました。
すきまから、制服のスカートの裾と、大きなトートバッグの角が見えています。中をのぞき込んでいるようですが、入ってはきません。
「どうぞ。冷房、効かせすぎているくらいですよ」
ミチルさんが声をかけると、ドアが最後まで開きました。高校生が一人、肩からバッグを下ろしながら入ってきます。
「相談って、お金かかりますか」
「かかりません。お茶も出ます。麦茶ですけど」
相田結菜(18歳)は、勧められた椅子に浅く腰かけました。バッグには塾のテキストが半分はみ出しています。
「そこの本屋に来たついでで。何回か前も、ここの前は通ってて」
「よく通る場所って、そういうものです。入るまでに三回くらいかかる」
結菜は少し笑って、麦茶に口をつけました。それから、テキストのはみ出したところを、指でそろえるように押し込みました。
「あの、進路のことなんですけど」
「はい」
「服屋さんで働きたいって言ったら、親に反対されて」
ミチルさんは、うなずいて先をうながしました。
「お母さんが言うんです。あんたが大人になるころには、服なんて全部ネットで買ってるし、店には人がいなくなるって。そんな仕事のために専門学校行ってどうするのって」
この仕事、正直に言いますね
「この仕事、正直に言いますね」
ミチルさんは、机の上のタブレットに数字を出しました。
AI代替率
(編集部予測)
50%
「半分です。お母さんの言っていることは、半分当たっています」
「半分も消えるんですか」
「ええ。でも逆に言えば、半分は残りました。しかも残ったほうが、この仕事の中身そのものです」
2026年、この仕事の現在地
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)は、この仕事を「衣料品販売」として掲載しています。婦人服・紳士服・子供服の販売員、古着店の販売員などが含まれます。
2026年時点の数字を見てみます。
- 平均年収:384.8万円
- 平均年齢:43.6歳
- 月間労働時間:161時間
- 有効求人倍率:2.67倍(2024年度〈令和6年度〉)
- 就業形態:正規の職員・従業員43.9%、パートタイマー40.4%
注目したいのは、有効求人倍率の2.67倍です。求人1件に対して求職者が1人もいない状態が続いています。「消える仕事」と言われながら、現場は人手が足りていません。
もうひとつ、job tagはこの職業に含まれる作業を実施率つきで公開しています。上位はこうなっています。
- お客の相談にのり、アドバイスをし、商品を選んで勧める:98.2%
- 売り場に立って接客する:96.4%
- 在庫の棚卸しをする:96.4%
- 販売に関する記録をつける:96.4%
- お客が商品を試す際にフィッティングや補助をする:92.9%
- 人気商品のトレンド等を把握するため、売上等のデータを分析する:87.5%
接客の作業と、記録・在庫・分析の作業が、ほぼ同じ実施率で並んでいます。この二つが、2045年に別々の道をたどります。
2045年、何がこの仕事を変えたか
変化は三つの方向から来ました。
一つめは、店の裏側が自動になったこと。在庫の棚卸し、売上データの分析、発注の判断、顧客への案内の送信は、2030年代のうちにほぼ人の手を離れました。夜のあいだにアーム型ロボットが棚を補充し、床は清掃ロボットが仕上げます。会計は客の端末側で完結し、レジという設備そのものが売り場から減りました。
二つめは、体のデータが標準になったこと。自宅で撮った映像から寸法を出し、画面の中で服を着せてみる仕組みが日常になりました。サイズを間違えて買う失敗は大きく減っています。
三つめは、その結果として、店に来る理由が変わったこと。サイズを確かめるためだけに店へ行く人は、ほとんどいなくなりました。それでも店は残りました。残った理由は、次の一日を見ていただくのが早いと思います。
ある一日
午前十時、駅ビルの三階。開店前の売り場に、久保田真澄(44歳)が立っています。
床はすでに磨かれ、棚も昨夜のうちに補充済みです。真澄が最初にするのは、AIがまとめた「今日の来店予測」に目を通すことでした。今日は雨、気温は低め、来店は少なめ、勧めるべき商品は薄手の羽織りもの——そこまでは、画面がぜんぶ書いてくれます。
真澄は画面を閉じて、ラックの前に立ちました。並んでいる順番を、少しだけ入れ替えます。理由を聞かれても、うまく説明できません。ただ、こちらのほうが人が足を止める、という感覚があります。
昼過ぎ、五十代の女性が入ってきました。娘の結婚式に着ていく服を探している、と言います。
その場で端末に希望を伝えれば、AIが十数着を選び出します。並んだのは、どれも落ち着いた紺と灰色でした。過去にその人が買った服、選んだ色、体の寸法から導かれた、無難で、間違いのない答えです。
「これでいいと思うんですけど、なんか、こう」
女性は画面を見たまま、言葉を探していました。
真澄はラックの奥から一着を出しました。深い赤に近い、明るい色です。
「そんな色、私にはとても」
「一回だけ、着てみませんか。だめだったら、私が悪者になります」
試着室の外で待つあいだ、真澄は次の客の対応をせず、カーテンの前に立っていました。出てきた女性は、鏡を見て、それから真澄を見ました。
「……娘に、笑われるかしら」
「笑われますよ、たぶん。お母さんのほうが目立ってるって」
女性は声を上げて笑いました。会計は、その人の端末が三秒で終わらせました。真澄がしたのは、紙袋の持ち手を少し短く結び直して、雨に濡れないように渡すことだけです。
ドアの外まで見送ってから、真澄はラックに戻りました。赤い服が一着減った棚を見て、また少しだけ順番を入れ替えます。
消えた業務・残った業務
| 業務 | 2045年の担い手 |
|---|---|
| 会計・現金やカードの処理 | AIに代替 |
| 在庫の棚卸し・在庫数の確認 | AIに代替 |
| 販売記録の作成・売上データの分析 | AIに代替 |
| 顧客名簿の管理・案内の送信 | AIに代替 |
| 商品の補充・売り場の清掃 | ロボットに代替 |
| 通信販売の運営・出荷 | AIに代替 |
| 商品説明・在庫の取り寄せ | AIと協働 |
| ディスプレイ・売り場づくり | AIと協働 |
| 仕入れ・発注 | AIと協働 |
| 客の相談にのり、選んで勧める | 人間に残る |
| 試着の補助・寸法直しの見立て | 人間に残る |
| 迷っている人の背中を押す | 人間に残る |
| 新人の教育 | 人間に残る |
それでも人間がやる価値
この仕事に残った核心を、一つに絞って言います。
本人が選ばないものを勧められること、これです。
AIは、その人が過去に買った服、選んだ色、体の寸法から答えを出します。だから提案はいつも正確で、いつも「これまでの自分」の延長線上にあります。似合うものを外しません。そのかわり、着たことのない色を、勝手に持ってくることもありません。
売り場の店員がしているのは、そこから半歩外す仕事です。深い赤を持ってきて、笑われますよ、と言いながら差し出す。断られる可能性を引き受けたうえで、まだ本人が知らない自分に会わせる。
これは度胸のいる仕事です。外せば、その人の気分を悪くします。だからAIは提案しません。責任を取れないからです。
2045年、店に足を運ぶ人が求めているのは、正しい答えのほうではありません。自分では選ばなかった一着を、責任を持って渡してくれる人のほうです。
2045年の年収
この職業の年収は、下支え型で予測します。有効求人倍率が高く、人手が足りない状態が続いているためです。
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- 客が指名して買いに来る「その人から買う」層:650万〜900万円
- 売り場の運営が中心の層:370万円前後
- 参考・2026年の平均:384.8万円(令和7年賃金構造基本統計調査)
上の層は、店の売上ではなく、その人についた客の数で評価されます。裏側の作業がAIに移った分、店は接客できる人に払える構造になりました。
下の層も、2026年の水準を大きくは割りません。人手不足が下支えするためです。ただし、この層の仕事は「AIが決めたことを実行する」内容に寄っていきます。
分かれ目は、売った枚数ではありません。その人を指名して来る客が何人いるか、です。
この仕事を目指すきみへ
「今のうちに、やっておくといいことってありますか」
結菜が身を乗り出しました。ミチルさんは、麦茶のコップを少し脇にどけて答えます。
「三つあります。まず、自分以外の人の服をたくさん見ること。自分の好みだけ磨いても、この仕事では使えません」
「他人の、ですか」
「はい。電車の中でも、学校の帰り道でもいいです。あの人はなぜその色を選んだんだろうと考える。それを何千人分もためた人が、売り場で強いんです」
「二つめは」
「断られる練習です。勧めて、いりませんと言われて、それでも次の一着を出せるかどうか。この仕事でAIに勝てるのは、そこだけですから」
「……三つめは」
「服が好きなのか、人が変わるところを見るのが好きなのか、自分に聞いてみてください。服だけが好きな人は、作る側や選ぶ側のほうが向いていることがあります。売り場に残るのは、人のほうを見ていた人です」
結菜はしばらく黙ってから、バッグのテキストを、今度は奥まで押し込みました。
「お母さんに、半分当たってるって言っときます」
「そう言ってあげてください。半分は、お母さんが正しいので」
【コラム】試着室だけが残った理由
2045年の売り場から、レジは消えました。カウンターも小さくなり、バックヤードの作業台は無人です。それでも試着室は、面積を増やして残りました。
理由は単純で、画面の中の試着では、着た本人の顔が変わらないからです。
服を着替えたとき、変わるのは服だけではありません。背筋の伸び方や、あごの上がり方が変わります。それは映像の中では起きません。鏡の前に立って、自分の反応を自分で見る——この数秒のために、店という場所は残りました。
売り場の店員がカーテンの前で待っているのも、服を確認するためではありません。出てきた瞬間の、その人の顔を見るためです。
まとめ
- アパレル店員のAI代替率(編集部予測)は50%。会計・在庫・分析・清掃は自動化された
- 残ったのは接客、それも「本人が選ばないものを勧める」部分
- 2026年の平均年収は384.8万円。有効求人倍率2.67倍と人手不足が続いている
- 2045年は、指名で買われる層650万〜900万円、売り場運営が中心の層370万円前後と予測
リファレンス
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