※本記事は公的統計データに基づき、現代の家計事情をリアルに再現したシミュレーション・ストーリーです。
四月、長女の高校生活が始まった。授業料は国の支援でまかなえると聞いて、相原健吾(45)は少しだけ肩の荷が下りた気がしていた。ところが七月の終わり、通帳を開いて数え直してみると、この四か月で高校に払った金額は12万円を超えていた。そのなかに、授業料は1円も含まれていない。
授業料の支援が届いても 高校の費用は終わらない
高等学校等就学支援金制度は、文部科学省の説明によれば「授業料に充てるため」の支援である。同省のページには、就学支援金が授業料に達しない場合は授業料を限度として支給する、とも書かれている。裏を返せば、授業料以外の費用は、この制度が想定している対象ではない。
文部科学省が公表した令和8年度(2026年度)版の案内では、授業料の支援制度について所得制限が撤廃され、多くの世帯が支援を受けられるようになったことが説明されている。授業料という一項目については、たしかに負担が軽くなった。
では、高校に子どもを通わせる家庭は、1年間にいくら払っているのか。文部科学省の令和5年度子供の学習費調査によると、公立高校(全日制)に通う子ども1人あたりの学習費総額は59万6954円だった。内訳は、学校教育費が35万1523円、学校外活動費が24万5431円である。
そして学校教育費35万1523円のうち、授業料は4万5272円にとどまる。残りは通学関係費が9万7634円、図書・学用品費等が6万2284円、修学旅行費等が3万6500円。授業料を除いた学校教育費は、およそ30万6000円になる。支援の対象から外れているのは、金額としてはこちらのほうが大きい。
入学式までに払った金額を 妻は覚えていた
相原家の長女、相原杏(16)が合格したのは、自転車では通えない距離にある公立高校だった。合格発表から入学式までのひと月ほどで、健吾の妻の相原美和(43)は、支払いの案内を何度も封筒から取り出した。
制服と体操着とスクールバッグで7万円ほど。教科書と副教材、学習用のタブレット端末の負担分でさらに数万円。入学後にはPTA会費と生徒会費、そして修学旅行の積立が毎月引き落とされることになった。
いちばん重かったのは、通学のための定期券だった。電車とバスを乗り継ぐため、六か月分をまとめて買うと、一度に払う額が大きくなる。
「授業料がかからないって聞いたとき、正直、楽になると思ったんだよね」美和は家計簿のアプリを見ながら言った。「授業料の欄だけ、ちゃんとゼロなんだけど」
健吾はうなずいた。制度は約束どおり機能している。おかしなことは何も起きていない。それでも口座の残高は、去年の同じ月より少なかった。
減らしたのは 長女の進学資金の積立だった
相原家は、共働きでどうにか回してきた家計だった。健吾は食品卸の営業で、手取りは月29万4000円。美和はスーパーのレジで月8万4000円。中学2年の長男、相原悠真(13)の塾代が始まったのは、去年の春からだ。
毎月の収支は、もともとぎりぎりだった。そこに長女の高校の費用が加わったとき、削れる場所はほとんど残っていなかった。食費は減らしたくない。長男の塾はいまやめさせにくい。
結局、二人が手をつけたのは、長女の大学進学に備えた積立だった。月3万円を1万5000円に落とした。
「三年後に、いちばん要るところなんだけどね」美和はそう言って、それ以上は言わなかった。
たった1万5000円。そう思おうとしたが、三年分にすると54万円になる、と健吾は頭の中で計算していた。
下の子が高校に上がるのは、長女が大学受験を迎える年だ。そのとき、また同じ封筒が届く。
【コラム】授業料以外を支えるもうひとつの制度
授業料以外の教育費については、高校生等奨学給付金という制度がある。文部科学省は、教科書費や教材費など授業料以外の教育費を支援する返還不要の給付金だと説明している。ただし対象となる世帯の条件は都道府県ごとに異なるとされており、住んでいる自治体か学校に確認する必要がある。
リアル家計簿:相原家(夫45歳・妻43歳・子2人)
収入
- 夫の手取り(食品卸の営業):29万4000円
- 妻のパート収入(スーパーのレジ):8万4000円
- 児童手当(高校1年の長女と中学2年の長男の2人分):2万円
収入合計:39万8000円
固定費
- 住宅ローン(変動金利・築12年の建売):9万8000円
- 通信費(スマホ4台・光回線):1万4000円
- 生命保険と医療保険(夫婦2人分):2万2000円
- 車1台(ローン・任意保険・駐車場):3万4000円
- 電気・ガス・水道:2万6000円
固定費小計:19万4000円
変動費
- 食費(4人・高校生と中学生の弁当代を含む):8万6000円
- 日用品と被服費:1万8000円
- ガソリン代:9000円
- 長男の塾と模試費:2万4000円
- 夫婦の小遣いと交際費:2万2000円
変動費小計:15万9000円
特別費(年間支出の月割り)
- 長女の高校でかかる授業料以外の費用(通学定期・修学旅行の積立・教材費・部活動費。年間約30万6000円の月割り):2万5500円
- 自動車税・車検・タイヤ交換(年間約11万円の月割り):9000円
- 固定資産税(年間約12万円の月割り):1万円
- 帰省と冠婚葬祭と家電の買い替え(年間約9万円の月割り):7500円
特別費小計:5万2000円
貯蓄
- 長女の大学進学用の積立(月3万円から減額):1万5000円
支出合計:42万円
収支:−2万2000円(夏と冬のボーナスで補填)
相原家は、月の不足分をボーナスで埋めてきた家計だった。長女が高校に入るまでは、その埋め合わせで足りていた。授業料が支援でまかなわれるようになっても、月2万5500円の特別費が新しく増えれば、ボーナスの穴は同じだけ広がっていく。
授業料は、高校でかかるお金の一部でしかない。支援が届いた項目と、家計が実際に払っている項目は、同じではなかった。
高等学校等就学支援金制度(文部科学省) 令和5年度子供の学習費調査結果のポイント(文部科学省) 高校生等への修学支援(文部科学省) 児童手当制度のご案内(こども家庭庁)
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