※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
駅前の雑居ビルの2階、仕事案内所の相談ブースに、日焼け止めの匂いがかすかに入ってきた。ドアを押したのは、作業用の帽子を手に持った女性だった。
「予約なしでも、大丈夫でしたか」
「大丈夫ですよ。どうぞ」ミチルさんは向かいの椅子を引いた。
久保田千夏(38歳)は、建材メーカーの営業事務を12年続けてきた。見積もりの作成と在庫の照合が仕事の中心だったが、その大半は数年前に社内のAIに移り、いまは倉庫の受け入れ担当に配置が変わっている。
「屋外に出るようになって、それは、思っていたより悪くなかったんです」久保田は帽子のつばを指でなぞった。「取引先の製材所に行ったとき、山から材を出してくる人たちを見て。あの仕事は、まだ人がやってるんだなと思って」
「林業ですね」
「38歳から始めるのは、無謀でしょうか」
ミチルさんは手元の端末を横に寄せた。
「この仕事、正直に言いますね」
AI代替率
(編集部予測)
40%
「2045年の時点で、林業の業務量のうち、およそ4割は機械とAIに移りました。ただ、この数字は、ほかの仕事の4割とは意味がちがいます」
2026年 この仕事の現在地
まず、久保田が思い描いている「いまの林業」を確認しておく。
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)は、林業作業を「森林を維持管理しながら、育成した樹木を伐採して木材資源を生産する」仕事と説明している。具体的には、地ごしらえ、植林、下刈り、枝打ち、間伐、伐採。あわせて大型機械の操作や運搬も業務に含まれる。
同サイトに掲載されている数字は次のとおりである。就業者数は1万7480人(2020年の国勢調査)。平均年齢は49.1歳。平均年収は約360万8000円、労働時間は月167時間(いずれも2025年の賃金構造基本統計調査)。
そして、この職業でもっとも目を引くのが有効求人倍率である。2024年度のハローワーク求人統計で4.59倍。求人1件に対して求職者が1人もいない状態が、何年も続いている。
特定の学歴要件はない。チェーンソーや刈払機を使う作業には安全衛生講習が必要で、測量士や1級から3級までの林業技能士といった資格が評価される。
「38歳が無謀かどうかで言えば、平均年齢が49.1歳の業界です」ミチルさんは言った。「若手の側に入ります」
2045年 何がこの仕事を変えたか
2030年代、山に最初に入ってきたのは人ではなく機械だった。
レーザー計測を積んだ無人機が上空から林の中を測り、木の一本ごとの位置と高さと太さがデータになった。かつて数人が数日かけて歩き回って測っていた立木調査は、飛行と解析の時間に置き換わった。どの木を残しどの木を切るかの候補も、成長量の予測から自動で提案されるようになった。
搬出のルート設計も同じ道をたどった。地形のデータと土壌の含水状態から、機械が通れる線と壊れる線が計算される。緩やかな斜面では、木を掴んで枝を払い一定の長さに切る機械と、それを運ぶ機械が、監視付きの自動運転で動くようになった。
その一方で、変わらなかった場所がある。急な斜面である。
日本の人工林の多くは、傾斜のきつい山にある。足場が定まらず、地面の下に何があるかも見えない。倒した木がほかの木に引っかかる「かかり木」の処理は、毎回条件がちがう。非定型の地形で、重い物を、狙った方向に動かす。これは2045年になっても、機械が苦手な仕事の代表であり続けた。
需要のほうは増えた。中高層の建物を木でつくる技術が広がり、国産材の使い道が増えたためである。切る山は増え、切る人は減った。それが2045年の林業の姿である。
ある一日
柏木遼(29歳)の一日は、午前5時40分に始まる。
事務所で最初に開くのは、その日の作業地の状態を映した画面だ。前夜の雨量、地面の含水率、風の予測。機械を入れてよい区画と、今日は入れない区画が色分けされている。赤で塗られた沢沿いの一角を見て、柏木は作業の順番を入れ替えた。
山に入ると、画面の情報はいったん背中に置く。
午前は、傾斜のきつい区画の間伐だった。自動の機械が入れない場所なので、チェーンソーを使う。切る木は事前に提案されているが、柏木は毎回、自分の目で確かめる。提案どおりの一本を見上げて、枝の張り方と幹の傾きを見て、二本隣の木に変えることもある。
受け口を入れ、追い口を切る。倒れはじめた木が、隣の木の枝に触れてわずかに向きを変えた。柏木は動かず、木が地面に着くまでを見ている。
午後は、緩やかな斜面での搬出だった。機械はほぼ自分で動く。柏木の仕事は、監視と、機械が判断に迷ったときの指示出しである。倒木が積み重なった場所で機械が停止し、端末に確認の表示が出た。柏木は現場まで歩いて、下の一本を先に抜くよう指示を入れた。
夕方、作業日報は自動でできあがっている。柏木が最後に書き足すのは、数字にならない一行だけだ。この日は「沢の左岸、去年より水の出が早い」と入力した。
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務 |
|---|---|
| AIに代替 | 立木の本数と太さの実測/材積の計算/搬出ルートの設計/作業日報と出材量の記録/緩やかな斜面での集材機械の運転 |
| AIと協働 | 間伐する木の選定/伐倒方向の決定/植える苗木の樹種と配置の計画/機械の異常検知と復旧/作業班の人員配置 |
| 人間に残る | 急な斜面での伐倒作業/かかり木の処理/不整地での機械の据え付け/山の持ち主との境界と方針の話し合い/若手への技の受け渡し |
表を見ると、消えたのは「測る」「計算する」「記録する」の3つに集中していることがわかる。残ったのは、地面の上で体を使って行う判断と作業である。
それでも人間がやる価値
この仕事の核心を一つに絞るなら、その一本を、いつ、どちらへ倒すかを、その場の条件を全部見たうえで決めることである。
木の重心、枝の張り方、斜面の向き、風、足元の地面の固さ、隣の木との距離。データにできる要素もあるが、当日の朝に現地で確かめないと意味がないものが多い。しかも判断を間違えれば、木は人のほうへ倒れてくる。
2045年の法制度では、人が近くにいる状態で重量物を動かす作業について、最終的な承認を人間が行うことが義務づけられている。林業の現場では、この義務が実務とぴったり重なった。機械が「この方向に倒します」と提案し、人が「そこは沢に落ちるから変える」と決める。決めた人が責任を持つ。
もう一つ、機械に渡せなかったものがある。山の持ち主との話である。境界がどこか、この林をどうしたいか、五十年後に何を残したいか。この話し合いは、いまも人が座って聞いている。
2045年の年収
林業は、人手が足りないという上向きの力がかかり続けている職業である。そのため、代替される側も2026年の平均を下回りにくい。
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- 森林データと自動化機械を使いこなす側(作業班の責任者・機械の運用と保守を兼ねる技術者):550万円〜
- 現場作業が中心の層:380万円前後
- 参考・2026年の平均:約360万8000円(賃金構造基本統計調査)
差がつくのは、機械を「使われる側」で終わるか、「使う側」に回るかである。自動化された機械は、止まったときに誰かが山まで歩いていかなければならない。その誰かになれる人の数が、2045年も足りていない。
この仕事を目指すきみへ
「38歳からでも遅くないと思います」ミチルさんは言った。「ただ、二つだけ先にお伝えしておきますね」
一つは体である。労働時間そのものは長くないが、足場の悪い斜面を毎日歩く。始めてすぐは、体のほうが先に音を上げる。
もう一つは、季節による波だった。
「植える時期、刈る時期、伐る時期で、忙しさがまったくちがう仕事です。同じ月がひとつもない」ミチルさんはそこで少し間を置いた。「わたしも昔、季節によって忙しさがまるで違う仕事をしていました。暇な時期に何をしていたかで、その年の一年が決まるような仕事で。だから、閑散期の使い方だけは、いまでも人ごとに思えないんです」
そして端末の画面を久保田のほうへ向けた。
「久保田さんの場合、いまお持ちのものが強みになります。見積もりと在庫の照合を12年やってこられた。林業は、切った木を売って初めてお金になる仕事です。数字と書類がわかる現場の人は、いまいちばん足りていません」
久保田は帽子を膝の上に置いた。
「事務のほうは、AIに取られたと思っていました」
「取られたのは作業で、わかっていることまでは取られていませんよ」
積むべき経験は三つある。チェーンソーと刈払機の安全衛生講習を先に受けること。林業機械の操作資格を取ること。そして、森林の測量とデータの扱いに触れておくこと。この三つ目を持っている現場の人が、2045年にいちばん高く評価されている。
【コラム】「かかり木」が最後まで残った理由
伐り倒した木が、途中でほかの木の枝に引っかかって止まってしまうことを「かかり木」という。林業の死亡事故のうち、少なくない割合がこの処理中に起きてきた。
かかり木が機械化されにくいのは、状況が毎回ちがうからである。どの高さで、どの角度で、どれだけの重さがかかっているのか。無理に引けば、はずれた瞬間に木が跳ねる。2045年の現場でも、この処理はベテランが最後まで手放さない仕事として残っている。皮肉な言い方をすれば、いちばん危険な作業が、いちばん人間に残った作業でもある。
まとめ
林業のAI代替率(編集部予測)は40%。測る作業と計算する作業と記録する作業は、ほぼ機械に移った。
残った60%の中身は、急な斜面で体を使う作業と、その場でしか下せない判断と、五十年先を人と話し合う仕事である。山は一つとして同じ形をしていない。同じ形でない場所は、2045年になっても人間の持ち場だった。
「山って、毎回ちがうんですか」帰りぎわに久保田が聞いた。
「毎回ちがうから、まだ人がいるんです」ミチルさんは答えた。
林業作業 職業詳細(厚生労働省 職業情報提供サイト job tag)
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


