※本連載は2026年時点の統計・公開情報にもとづく未来予測フィクションです。記事中の金額はすべて現在(2026年)の貨幣価値・物価水準に換算しています。
昼下がり、仕事案内所のドアが開いた。リュックを背負った若い男が、入り口で足を止め、部屋の中を見回している。
「ご相談ですか。どうぞ、こちらへ」
ミチルさんが指した椅子に、男は浅く腰かけた。西村悠斗(21歳)。大学3年生。膝の上のリュックには、公務員試験の問題集が入っている。
「駅前の公務員講座の帰りなんです。この案内所の看板が見えて」悠斗はリュックの持ち手を握ったまま言った。「市役所の職員になりたくて、勉強を始めました。親も、安定しているからって賛成してくれて」
「いい目標だと思いますよ」
「でも、この前SNSで見たんです。2045年の役所に、もう人はいらないって。窓口は全部AIになって、書類も全部自動で処理されるって。……本当ですか。安定だと思って選んだ仕事が、いちばん危ないんじゃないかって、急に怖くなって」
ミチルさんは端末を操作する手を止めて、悠斗の顔を見た。
「この仕事、正直に言いますね」
AI代替率
(編集部予測)
55%
「市役所職員の仕事のうち、業務量にしておよそ55%は、2045年にはAIとシステムに移っています。証明書の発行、申請書の受け付けと入力、文書の下書き。かつて『役所仕事』と呼ばれた定型の事務は、ほとんど残っていません。SNSの投稿は、半分は当たっています」
「半分、ですか」
「ええ。残りの半分の話を、これからします。そこが、あなたが試験勉強の先で本当にやることになる仕事です」
2026年、市役所職員の現在地
まず、いまの姿から確認します。厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)によると、地方公務員(行政事務)の平均年収は528.7万円、平均年齢は44歳、月間の労働時間は155時間です。有効求人倍率は0.59倍。1人の採用枠に対して応募者のほうが多い、狭き門の仕事です(数字はいずれも2026年7月時点の掲載値)。
仕事の中身は、住民のための行政サービスや施策の企画・立案、予算案の編成、そして日々の事務です。job tagのタスク調査では「行政文書の作成・管理」を92.9%、「窓口対応」を91.1%の人が担当していると答えています。つまり2026年の市役所職員は、書類と窓口の仕事が圧倒的に多い。ここを覚えておいてください。2045年に消えるのは、まさにこの二つの山だからです。
就く方法は採用試験です。正規職員の割合が8割を超える、雇用の安定した職場でもあります。「安定しているから」という親御さんの言葉は、2026年時点では正しい説明です。
2045年、何がこの仕事を変えたか
変化は三つの段階で進みました。
最初に消えたのは、窓口の「手続き」です。証明書の発行や届け出の受け付けは、2030年代のうちにオンラインと自動窓口に置き換わりました。次に、庁内の書類仕事です。文書の下書き、議会資料の整理、予算データの集計は、汎用エージェントAIの得意分野そのものでした。
ただし、三つ目の段階で流れが変わります。行政は、医療や金融と並ぶ「高リスク領域」です。2045年の社会では、給付の可否や認定の判断をAIに任せきりにすることは法律で認められておらず、AIの判断に対する人間の最終承認が義務になっています。誰かの生活を左右する決定には、責任を引き受ける人間の決裁(けっさい)が要る。この原則が、市役所職員という仕事を残しました。
「手続きの窓口は消えました。でも、相談の窓口は消えていません。むしろ、そちらが仕事の中心になりました」とミチルさんは言います。
ある一日──2045年・市役所くらし相談課
ちょうど先週、こんな方の話を聞きました、とミチルさんは続けた。市役所のくらし相談課で働く、堀口彩乃(38歳)の一日です。
朝8時半。堀口が最初に開くのは、夜のあいだにAI窓口が処理した申請の一覧ではなく、その中から仕分けられた「例外」の列だ。書類はそろっているのに事情が読み取れないもの、制度の条件にわずかに届かないもの。AIが「判断を保留した」案件だけが、人間の机に届く。
午前10時、予約の面談がひとつ。80代の父親の介護と、空き家になった実家と、自分の年金。三つの窓口にまたがる相談を、堀口はひとつの席で聞く。制度の検索と書類の作成はAIが数秒で終える。堀口の仕事は、話の奥にある「本当に困っていること」を見つけて、使える制度へつなぎ直すことだ。
午後は、豪雨に備えた避難計画の会議。AIが出した避難所配置のシミュレーション結果を、地域の事情を知る職員たちが一つずつ確認していく。画面の最後に表示される承認欄には、システムの名前ではなく、職員の名前が入る。
夕方、堀口は午前の相談者に電話を入れた。「介護のほうの申請、通りましたよ」。受話器の向こうで、長い息の音がした。この電話だけは、20年前から変わらない仕事だ。
消えた業務・残った業務
| 分類 | 業務 |
|---|---|
| AIに代替 | 証明書発行などの定型窓口手続き/申請書の受け付け・入力・確認/行政文書・議会資料の下書き/定型的な問い合わせ対応 |
| AIと協働 | 給付・認定の審査(AIの一次判定を人間が最終承認)/施策の企画・予算編成(データ分析はAI)/防災・避難計画づくり |
| 人間に残る | 複雑な事情を抱えた住民の相談対応/判断が割れる案件の決定と責任/地域・議会との合意形成/現場に出向く仕事 |
それでも人間がやる価値
この仕事の核心は、ひとつだけ挙げるなら「制度のすき間に落ちた人を拾うこと」です。
制度は、どれだけ丁寧に作っても、必ず誰かを取りこぼします。条件に1か月だけ足りない人。三つの制度の境目にいて、どの窓口でも「うちではない」と言われてきた人。AIは決められた制度を正確に適用することは得意ですが、「この制度のほうが、この人を救えるのではないか」と枠の外を探しにいくのは、いまも人間の仕事です。そして、その判断に自分の名前で責任を持つことも。
2045年の年収
2045年の年収(現在の貨幣価値換算・編集部予測)
- 福祉の複合相談・データ行政・危機管理などの専門性を高め、管理職に進んだ層:800万円前後
- 定型事務が中心だった層:500万円前後(採用数は縮小したが、給与表による下支えが働く)
- 参考・2026年の平均:528.7万円(job tag掲載値)
公務員には、フリーランスとして独立して青天井を狙う、という道はありません。その代わり、崖のような転落もありません。警察官や消防士と同じ「階級型」の世界で、どの専門性を積むかで上乗せの大きさが変わる。それが2045年の役所の年収です。ただし採用そのものは、定型事務の縮小にあわせて狭き門になっています。
この仕事を目指すきみへ
「あの……正直、ちょっと窮屈な仕事のイメージもあるんです。決まりごとばかりで」と悠斗は言った。
「わたしも昔、決まりごとと、お客様の事情のあいだで板挟みになる仕事をしていました」とミチルさんは言った。「そのときに覚えたんです。決まりごとを、ただ読み上げるだけでは、誰のことも守れない。決まりごとに詳しい人だけが、その端っこまで使い切って、人を守れるんですよ」
ミチルさんは手元の資料を悠斗のほうへ向け直して、続けた。
「だから、試験勉強はむだになりません。法律と制度を読む力は、2045年の役所でいちばん使う道具です。それにもうひとつ足すなら、人の話を最後まで聞く練習をしてください。アルバイトでも、サークルの相談役でもいい。手続きはAIがやります。話を聞いて、制度につなぐのは、あなたの仕事です」
悠斗はリュックから問題集を出して、表紙を見た。さっきより、少しだけ厚みが頼もしく見えた。
【コラム】「お役所仕事」ということば
「お役所仕事」は、形式ばかりで融通が利かない仕事ぶりを指す、あまりありがたくないことばです。ただ、その「形式」には理由がありました。役所の仕事はすべて税金で動き、公平さの証明を残す必要があったからです。2045年、書類とハンコの部分をAIが引き受けたとき、残ったのは「公平さに責任を持つ」という芯のほうでした。ことばの意味も、少しずつ変わっていくのかもしれません。
まとめ
市役所職員のAI代替率(編集部予測)は55%。書類と定型窓口という業務の山はAIに移りますが、複雑な相談への対応、判断が割れる案件の決裁、地域との合意形成は人間に残ります。「安定した仕事」の中身が、事務の安定から、責任を引き受ける仕事の安定へと入れ替わる20年です。目指すなら、制度を読む力と、人の話を聞く力の両方を鍛えてください。
厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag)「地方公務員(行政事務)」
※本記事は公開情報・統計データにもとづく2026年時点の未来予測フィクションです。登場する人物・施設は架空のものです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


