※本記事は公的統計データに基づき、現代の家計事情をリアルに再現したシミュレーション・ストーリーです。
会社を長く休むことになったとき、収入はどうなるのか。多くの会社員家庭にとって、それは「起きてから初めて調べること」です。健康保険には傷病手当金という仕組みがあり、給与のおよそ3分の2が支えてくれます。ただしその金額と、振り込まれるまでの時間差は、調べて初めてわかります。休日の自転車事故で夫が2か月休職した、村瀬家の夏をたどります。
日曜の午後、電話は突然に
2026年6月の日曜日。村瀬健吾(41歳・印刷会社の営業)は、いつものサイクリングコースの下り坂で転倒した。右の鎖骨を折り、そのまま入院。手術を受けて5日で退院したものの、医師の見立ては全治およそ10週間。車の運転も、営業かばんを提げての外回りもできない。会社と相談した結果、6月中旬から2か月間、休職することになった。
妻の村瀬千夏(39歳・週4日のパート事務)は、病院からの電話を受けたとき、まず命に関わるけがではないことに安心した。家計のことを考え始めたのは、退院した夫が居間のソファで、会社の総務から届いたメールを見ていたときだ。
「休んでいる間、給料はどうなるって?」
「基本的には無給だって。そのかわり、健康保険から傷病手当金というのが出るらしい」
「いくら?」
「……給料の、だいたい3分の2」
夏休みには、長男のサッカーの合宿に合わせて家族で海に行く計画だった。千夏は、カレンダーに書き込んだままの予定を見て、それをどう切り出すかを先に考えている自分に気づいた。
「3分の2」の計算と、入金までの時差
傷病手当金は、業務外の病気やけがで働けなくなった会社員のための健康保険の給付です。全国健康保険協会(協会けんぽ)によると、支給されるのは「連続する3日間の休み(待期)」のあとの4日目以降。1日あたりの金額は、支給開始日以前12か月間の標準報酬月額の平均を30で割り、その3分の2として計算されます。期間は支給開始日から通算1年6か月まで。休んだ期間に給与が出ないことも条件です。
健吾の場合、標準報酬月額の平均は410,000円。1日あたりは約9,100円、30日分でおよそ273,000円になる。額面月収約410,000円、手取りにして約320,000円で暮らしてきた村瀬家にとって、月の収入の柱が約47,000円細る計算だ。
そしてもうひとつ、想定していなかったのは時間差だった。傷病手当金は自動的には振り込まれない。会社を通じて月ごとに申請し、審査を経て支給される。健吾の口座に6月分が入ったのは、7月の終わりだった。約1か月半のあいだ、夫の収入はゼロのまま、支払いだけが続いた。
「7月末まで入らないの?」と千夏は思わず聞き返した。たいへんなのは金額よりも、この空白かもしれない。通帳の残高を見ながら、そう思った。
振込を待つあいだも、支払いは止まらない
収入が細っても、出ていくお金はほとんど減らなかった。住宅ローンは毎月92,000円。給与天引きだった健康保険料と厚生年金保険料の自己負担分は、無給のあいだも支払いが必要で、村瀬家では会社に毎月約61,000円を振り込むことになった。住民税は前年の所得をもとに計算されるため、こちらも減らない。入院と手術の自己負担は、高額療養費制度を使っても約90,000円かかった。
「保険料って、休んでいる間も払うんだね」と健吾は苦笑いした。たった2か月。そう思おうとしたが、ボーナスの残りを取り崩す手続きをしながら、千夏は電卓を二度たたき直した。
リアル家計簿:村瀬家(夫41歳・妻39歳・子2人)
休職2か月目、7月のひと月分です。
収入
- 夫の傷病手当金(30日分):約273,000円
- 妻のパート収入(週4日・事務):70,000円
- 児童手当(2人分):20,000円
- 収入合計:約363,000円
固定費
- 住宅ローン(変動金利・ボーナス払いなし):92,000円
- 社会保険料の自己負担分(休職中・会社へ振込):約61,000円
- 電気・ガス・水道:24,000円
- 通信費(スマホ3台・Wi-Fi):14,000円
- 生命保険・医療保険(夫婦):18,000円
- 固定費小計:約209,000円
変動費
- 食費(4人):78,000円
- 日用品・被服:15,000円
- ガソリン・交通費:10,000円
- 長男のサッカークラブ・長女のピアノ:18,000円
- 夫の通院・リハビリの自己負担:12,000円
- こづかい・雑費:15,000円
- 変動費小計:148,000円
特別費(年間支出の月割り)
- 固定資産税(年間約110,000円の月割り):9,000円
- 自動車税・車検・タイヤ交換(年間約110,000円の月割り):9,000円
- 帰省・冠婚葬祭・家電の買い替え(年間約180,000円の月割り):15,000円
- 特別費小計:33,000円
支出合計:約390,000円
収支:約−27,000円(ボーナスの残りと貯蓄の取り崩しで補填)
通常の月なら、村瀬家の収入は手取りで約410,000円。社会保険料は給与から天引きされるため家計簿には現れず、支出は約329,000円。月に約80,000円を貯蓄と夏の旅行の積み立てに回してきた。休職中は、その積み立てが止まったうえで、毎月約27,000円の取り崩しに変わる。さらに7月末の初回入金までは、傷病手当金の約273,000円自体が「あとから入る予定のお金」でしかなかった。
【コラム】傷病手当金は「申請しないと始まらない」
傷病手当金は、会社員にとって数少ない「長期休業の安全網」です。ただし、給与のように自動で振り込まれるものではなく、申請にもとづいて支給されます。支給額は標準報酬月額をもとに計算されるため、自分の場合はいくらになるのか、元気なうちに一度計算しておくと、いざというときの見通しがまったく違います。あわせて、支給が始まるまでの空白期間を埋める生活費の備えが、この制度を使いこなす前提になります。
まとめ
働けなくなったとき、傷病手当金は確かに家計を支えてくれます。それでも、給与のおよそ3分の2という水準、初回の入金までの空白、そして休職中も続く社会保険料や住民税の支払いという三つの段差は、制度を知らないままだと想像より深く感じられます。村瀬家の場合、2か月の休職で取り崩した金額は、夏の旅行の予算とほぼ同じでした。旅行は、夫の肩が治る秋に延期になりました。
※本連載はフィクションです。制作体制については編集方針・AI利用ポリシーをご覧ください。


