※本記事は公的統計データに基づき、現代の家計事情をリアルに再現したシミュレーション・ストーリーです。
杉本祐介(43歳)は、産業機械メーカーで生産管理の仕事をしています。妻の奈津美(41歳)は小児科クリニックの医療事務として週4日働き、長女は中学1年、長男は小学4年です。
住まいは千葉県内の3LDKのマンションです。68平方メートル。2017年に中古で買い、2980万円を35年の変動金利で借りました。
買ったときは、長女が幼稚園の年中で、長男はまだ2歳でした。部屋数のことなど、二人とも気にしていませんでした。
「もう少ししたら」で過ぎた4年
子ども部屋が足りない、と最初に言ったのは奈津美でした。2022年の春です。
「あの子、そろそろ自分の部屋がほしいって言い出すよ」
そのときの祐介の答えは、いま思えばのんきなものでした。
「じゃあ、いつか一戸建てにするか」
二人が考えていたのは、同じ市内の4LDKの中古戸建てでした。長女が中学に上がるまでに動こう、という話をしていました。ただ、実際に動くとなると、迷う理由がいくつもありました。長女の中学受験をどうするか。奈津美の勤務日数を増やせるか。祐介の会社の業績も、2022年は良くありませんでした。
そうして「もう少ししたら」を繰り返しているうちに、4年が過ぎました。長女は中学1年になり、リビングの隅にある学習机で宿題をしています。長男は和室に布団を敷いて寝ています。
2026年の夏、二人はようやく不動産会社の窓口に座りました。
日本銀行の1.0%と フラット35の年3.140%
この4年のあいだに、金利をめぐる状況は静かに変わっていました。
日本銀行は2026年6月16日の金融政策決定会合で、無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を「0.75%程度」から「1.0%程度」に引き上げることを決めました。7月31日の会合では、この1.0%程度が維持されています。
住宅ローンの側にも、それは表れています。住宅金融支援機構によると、2026年7月に資金を受け取る【フラット35】の借入金利は、借入期間が21年以上35年以下・融資率が9割以下・新機構団信付きの場合で、最も多い金利が年3.140%でした。金利の範囲は年3.140%から年5.400%です。借入期間20年以下の【フラット20】でも、最も多い金利は年2.820%です。
窓口の担当者は、この年3.140%を使って試算表を作りました。
試算表に並んだ月13万7447円
二人が候補にしたのは、同じ市内にある築11年の4LDKの中古戸建てで、価格は4180万円でした。
いまのマンションの売却見込みは2450万円。住宅ローンの残高が2280万円あるので、売って手元に残るのは170万円ほどです。ここに貯蓄から510万円を足して、頭金は680万円。借入額は3500万円になります。物件価格に対する借入額の割合は8割台なので、融資率9割以下の区分に入ります。
3500万円を35年の全期間固定・年3.140%で借りると、毎月の返済額は13万7447円です。35年で払い終わるまでの総額は、およそ5773万円になります。
いま杉本家が住まいに払っているのは、住宅ローンの7万9000円と、マンションの管理費・修繕積立金の2万3000円を合わせた10万2000円です。戸建てになれば管理費と修繕積立金はなくなりますが、それでも住居費は月3万5447円増えます。固定資産税や火災保険、いずれ来る屋根や外壁の修繕は、この3万5447円とは別に乗ってきます。
試算表を見た奈津美は、しばらく黙っていました。
「これ、月に3万5000円くらい増えるってこと」
「うん」
「4年前って、いくらだったんだろうね」
祐介は答えられませんでした。4年前に試算表を作ってもらったことが、一度もなかったからです。話し合いはいつも、受験と仕事と、そのうちにという言葉のあたりで終わっていました。
【コラム】住み替え先の値段も待ってくれない
上がったのは金利だけではありません。
国土交通省が2026年3月31日に公表した不動産価格指数によると、2025年12月時点の全国の住宅総合は148.0でした。2010年の平均を100とした指数です。1年前の2024年12月は140.7でしたから、この1年で上がっています。
内訳を見ると、戸建住宅は121.9、マンション(区分所有)は225.1です。マンションの指数は1年前の207.7から上がっており、住宅総合の動きよりも大きく伸びています。
これは杉本家にとって、悪いことばかりではありません。売る側の値段も上がっているからです。ただ、買う側の値段も同じように上がっているうえに、その差を埋めるはずだった借入の条件が重くなりました。売却額が多少増えても、毎月の返済額の差までは埋まりません。
リアル家計簿:杉本家(夫43歳・妻41歳・子2人)
収入
- 祐介の手取り(産業機械メーカーの生産管理):32万8000円
- 奈津美のパート収入(小児科クリニックの医療事務・週4日):9万9000円
- 児童手当(中学1年と小学4年の2人分):2万円
- 収入合計:44万7000円
固定費
- 住宅ローン(2017年借入・変動金利・残り26年):7万9000円
- マンションの管理費・修繕積立金:2万3000円
- 通信費(スマホ4台・光回線):1万5000円
- 生命保険・医療保険(夫婦2人分):1万8000円
- 車1台(任意保険・駐車場・ローンは完済):2万4000円
- 長女の塾・部活動費(中学1年):2万8000円
- 長男の水泳教室・通信教育(小学4年):1万3000円
- 固定費小計:20万円
変動費
- 食費(外食を含む・4人):9万8000円
- 電気代・ガス代・水道代:2万6000円
- 日用品・衣料:2万2000円
- ガソリン代・交通費:1万4000円
- 医療費・雑費:1万1000円
- 変動費小計:17万1000円
特別費(年間支出の月割り)
- 自動車税・車検・タイヤ交換(年間約11万円の月割り):9000円
- 固定資産税(年間約10万8000円の月割り):9000円
- 帰省・家族旅行(年間約13万2000円の月割り):1万1000円
- 家電の買い替え・住宅設備の修理(年間約8万4000円の月割り):7000円
- 冠婚葬祭・お年玉(年間約6万円の月割り):5000円
- 特別費小計:4万1000円
貯蓄
- 長女の進学用の積立:1万5000円
支出合計:42万7000円
収支:2万円
杉本家の月の家計は、いまのところ2万円だけ黒字です。特別費まで月割りで組み込んだうえでの2万円なので、決して悪い数字ではありません。この2万円は、長女の高校受験と、そのあとに控える2人分の学費のために手をつけずにきました。
残った447円
住み替えで増える住居費は、月3万5447円です。
いまの黒字は2万円。長女の進学用に積み立てている1万5000円をやめれば、合わせて3万5000円になります。
3万5447円には、447円足りません。
実際には、積立をやめるという選択そのものが、住み替えの目的と噛み合いません。子ども部屋がほしいのは、子どもたちが勉強する場所を作るためです。その費用を、学費の積立を止めて捻出するのでは、順番が入れ替わってしまいます。
帰りの車の中で、奈津美が言いました。
「4年前だったら、行けたのかな」
祐介は、行けたかもしれない、とは言いませんでした。4年前に動いていたらどうなっていたかは、いまとなっては確かめようがありません。分かっているのは、待っているあいだに条件が動いたということと、その動きが自分たちの都合とは無関係だったということだけです。
家に着くと、長女がリビングの学習机で問題集を開いていました。テレビの音が届く場所です。
「その机、来年また買い替えようか」
祐介がそう言うと、長女は顔を上げずに「うん」と答えました。
住宅金融支援機構「最新の金利情報:長期固定住宅ローン【フラット35】」
日本銀行「金融市場調節方針の変更について」2026年6月16日
日本銀行「当面の金融政策運営について」2026年7月31日
国土交通省「不動産価格指数(令和7年12月・令和7年第4四半期分)を公表」2026年3月31日
こども家庭庁「児童手当制度のご案内」
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